カテゴリー:テレビ番組

2013年10月02日

今夜も生でさだまさし 特別尽くしの長崎ナイト!


長崎の稲佐山公園野外ステージからの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸、それに田上長崎市長も登場です。ステージに上がって、音響効果・住吉昇と合流しました。ハガキで質問が来たので、音響設備について説明してくれましたよ。1つの機械が壊れてもいいように、2重に音源を入れてるそうです

小針画伯の絵は、香港、モナコとともに世界新三大夜景に選ばれた長崎の夜景がみごとに描かれてました。めがね橋、グラバー亭も見えます。長崎ということで、まず「長崎小夜曲」を披露してくれましたね

あまちゃんをマネた「さだちゃん」のイラストが面白かったです。「あまちゃん」の放送前に、生さだに能年玲奈が来てくれ、「てっぱん」の時は瀧本美織が来たので、「ごちそうさん」の杏も来たらとラブコールを送ります(笑)「倍返しだ!」の似てないモノマネもやってました

プロ野球について、広島がクライマックスステージに進んだ話から、東北楽天の優勝の話題になり、ヤクルトが最下位で、日本ハムも最下位なのは、自分がオープニングで歌いに行ったからだと責任を感じてましたね


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2013年07月30日

今夜も生でさだまさし 北の国から2013函館


函館からの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸がスタジオの外じゃなくて、調整室?から登場です。函館山のカメラは、あいにくの雨であまり見えなかったけど、函館の街の夜景はよかったです

イカ踊りの人をスルーして、函館放送局第一スタジオへ入り、音響効果・住吉昇と合流しました。小針画伯の絵は、函館の夜景、五稜郭、イカそうめん、海鮮丼で、みごとでしたね

ベストアルバム「天晴 オールタイム・ベスト」が好調で、いろいろな番組に出ていたそうです。40位〜80位のベター盤を出し、それが当たったらワースト盤を出すと、冗談を言ってました。実現したら面白いです!

4千回コンサートの話題も出ました。はがきも多かったです。「怖かったよ。国際試合でいきなりPK戦って感じだったよ」と話してました。GLAYの野外コンサートの話題も出ましたね


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2013年05月26日

今夜も生でさだまさし 静岡・浜松・茶だま茶し


浜松からの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が、浜松音響ライブラリーを訪ねます。34万枚もの貴重なレコードが集まってるそうで、ソフィー・マルソーのハート型のレコードやハガキ型のレコード、トスカニーニの原盤のレプリカなどが紹介されました。一般公開してないのは残念です。表へ移動し2人で「イ」の字を作って、盛り上がります(笑)

浜松支局第一スタジオに入って、音響効果・住吉昇が加わり、小針画伯の絵は浜松城、浜名湖、茶畑などでした。おみごと!世界遺産に登録の富士山の写真のハガキからスタートです。奈良の春日神社コンサートでは、お客さんからもらった木の板で作った無料宿泊疎開券を見せてくれました。浜松は鈴木姓が多いのですね

工場見学に来てというハガキから「もっと大事にしてくださいよ職人魂というか、日本が誇る製造業を大切にしましょう!この人が死んじゃったら、この技術がなくなるという職人さんが、日本にいっぱいいるんですよ。後継者がいないのは生活ができないからです。こんな優れたものをどうにかせなあかん!1人後継者を育てるのになんぼかかるの?後継者を守るように養成(妖精?)保護基金のようなものを国でできませんかね?

後継者が育てば、日本の宝のような貴重な技術が失われずにすむのよ。この間のたたら製鉄、ほとんどできないですよ。すごい技術なんです」と熱く語ってました。「意見には個人差があります」も出てましたけどね


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2013年04月28日

今夜も生でさだまさし 北の国から2013室蘭

室蘭からの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸、音響効果・住吉昇のいつものメンバーに、小針画伯の絵はみごとです。「今夜も生でさだまさしスペシャル いつでも夢を!朝まで生で音楽会」の話題やはがきが多かったですね。「あまちゃん」の放送直前に宣伝に来た能年玲奈を振り返って、ほがらかになりました(笑)それから「吉永小百合さんはどこまで行っても、吉永小百合さんですよ」と実際に会って、とても感動した様子でしたね

「まさしのふるさと3分通信」では放送局の外に出て、室蘭登別たたらの会の石崎勝男らと合流し、たたらで砂金から鉄を作るところを生で見せてくれました。レンガをどけると、赤々と燃える火が現れ、高熱の鉄の塊が出てきましたね!焼き芋、おいしそうでした(笑)室蘭放送局の人が、地域の人たちが震災被災地へ行なっている取り組みを紹介しました

東山紀行主演「大岡越前」の話から、時代劇の話題で盛り上がり「時代劇はSFです。だって誰も行ったことないんですから。SFらしく、こうではないかという風にしゃべって欲しいじゃない。そうではござらんって言って欲しい」と吠えてましたね。歌は「人生の贈り物〜他に望みものはない〜」を歌ってくれました。次回は5月26日(日)(25日深夜)で浜松から「静岡・浜松・茶だま茶し」が放送されるそうですよ

今夜も生でさだまさしスペシャル いつでも夢を!朝まで生で音楽会
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2013年04月02日

今夜も生でさだまさしスペシャル いつでも夢を!朝まで生で音楽会

5時間の歌番組、よかったですよね。オープニングで、さだまさしとともに、吉永小百合が登場です。「いつでも夢を」と色紙に書いてましたね。橋幸夫が「いつでも夢を」を歌ってくれます。構成作家・井上知幸、音響効果・住吉昇も現れて、小針画伯の絵は桜でした。NHK放送センター101スタジオから生放送で、お客さんやバンドのメンバーがいつもより多めです

加山雄三は「逍遥歌」の後、南こうせつ、坂崎幸之助、さだまさしのコーラスで「旅人よ」を歌ってくれました。メガネ3人組です(笑)「神田川」の後、泉谷しげるが乱入し「春夏秋冬」「案山子」を歌って、すぐ帰ります

コロッケのものまねメドレーは、岩崎宏美の前でやってました(笑)雪村いづみの「青いカナリア」はSONGSの映像で、渡辺俊幸、チキンガーリックステーキの後、前橋汀子がガルネリで「愛の挨拶」を、岩崎宏美は「いのちの理由」を手話を交えて歌って、素敵な空気に変わりましたね。山本光洋は操り人形のパントマイムで笑わせてくれました

ホワイトボートの小針画伯の絵の説明や、野球の話があって、ナオト・インティライミが登場です。「恋する季節」の後、大船渡で2人で作詞作曲した「きみのとなりに」を歌ってくれました


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2013年01月04日

2013新春生放送!年の初めはさだまさし

仙台からの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸、音響効果・住吉昇のいつものメンバーに、小針画伯の御来光の絵はきれいでしたね。歌は「案山子」「虹」「空になる」「あなたへ」を披露してくれました。バンドメンバーの名前も手書きです(笑)

コンサートの後の放送ということで、いつも以上にテンション高く、楽しかったです。さらに、ハガキを読まれる人が、たくさん会場にいて、さらに盛り上がります!

チャリティーの輪が、日田、那智勝浦、東北へと広がっていっているのですね。東北の人はもっと怒った方がいい、冗談じゃないと伝えた方がいいと強く話していたのが、印象的でしたね

ゴルフキャスター・戸張捷、小野文惠アナウンサーの番組紹介もありましたが、新婚の小野アナが突っ込まれてました(笑)次回は1月27日(日)(26日深夜)で宮崎から、また3月31日(日)(30日深夜)には朝まで音楽会が放送されるそうですよ

今夜も生でさだまさし いたいた まさしが おーいたいた
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2012年11月27日

紅白歌合戦 出場歌手決定


第63回NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表されましたね。紅白50組が出場し、そのうち初出場は紅組6組、白組6組の計12組です。初出場組を挙げてみると

(紅組)
SKE48 きゃりーぱみゅぱみゅ
プリンセス プリンセス ももいろクローバーZ
YUI YUKI

(白組)
関ジャニ∞ ゴールデンボンバー
斉藤和義 三代目 J Soul Brothers
インティライミ 美輪明宏

となっています。きゃりーぱみゅぱみゅは、転んで流血したとかで、鼻の下にバンソウコウをはってインタビューに答えてましたね。プリンセス プリンセスは16年前に解散したバンドですが、東日本大震災の復興支援のため活動を復活させていたそうです

関ジャニ∞の初出場は意外だったけど、美輪明宏の初出場はもっと意外でした。50年前にオファーがあったけど辞退したそうで「私は紅組と白組の中間でももいろ組で出ます。衣装はヌードです。鬼が出るか、蛇が出るかどうぞお楽しみに」とか話してました(笑)
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2012年10月28日

今夜も生でさだまさし いたいた まさしが おーいたいた


大分からの生放送でした。大分放送局の前から、和牛十兵衛じゃなくてキャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が登場です。スタジオホール・キャンバスへ移動して、音響効果・住吉昇が加わりました。小針画伯の絵は、宇佐八幡、別府タワー、血の池、かぼすなどが描かれています。さだまさしは15年間かぼす大使を務めているそうです。プロ野球で日本ハムがパ・リーグを制し、栗山監督と友人のため、北の国からを歌うと話してましたよ

客席に何気に鈴木雅之、元ちとせが座っているのが映されます。2人は奄美大島でライブイベントを行ったそうです。さだがギター、鈴木が歌で「十三夜」を、十三夜に披露してくれました。元ちとせも島唄を一節歌ってくれます。バラエティじゃなくて、歌番組になってましたね

まさしのふるさと3分間通信のコーナーでは、佐伯市が紹介されます。養殖のひらめとかぼすの「ひらめかぼす」の写真のあと、ひらめが出てきて、おいしそうでした!ひらめのモノマネもありました(笑)


北見工業大学でのチャリーティーコンサートが行われ、舞台にもお客さんが上がった様子が写真で紹介されます。191万円もお金が集まったので、日田市へ届けに行くそうです。さらに那智勝浦町へ行くので、日田でも28日にチャリーティーコンサートを行うという告知がありました。鈴木雅之に南こうせつも出演するそうです

まっさんのギター入りのネイルの写真はきれいでしたね。大分放送局のPRコーナーがあり、ラストの方で「October リリー・カサブランカ」を歌ってくれましたよ。次回は11月18日(日)(17日深夜)で福井からだそうです

今夜も生でさだまさし 北の国から2012北見
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2012年08月19日

今夜も生でさだまさし 北の国から2012北見


開局70周年を迎えた北見放送局からの生放送です。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸の2人でスタートしますが、放送局の中に集まってきたお客さんを入れて「北の国から」を歌ってくれましたね。スタジオで音響効果・住吉昇も加わって、番組がスタートです

小針画伯の絵は、流氷の絵や名物の焼肉の絵などが描かれています。ハッカ湯も名物で、虫よけにも使われているそうです。38年前に北見で行われたコンサートに来た人が2人もいましたね。北見に13年ぶりに来たので、チャリティーコンサートの告知がありました。もう終わってるだろうけど、どうなったか気になります。義援金は水害の被害のあった大分へ持っていくそうです

美幌町のリポートでは、牛の美人コンテストが行われると説明がありました。公共の場で子供が騒ぐのを注意しない親に「世界が許しても俺が許さない!」で必殺のテーマが流れます。「意見には個人差があります」も出ましたね(笑)


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2012年05月27日

今夜も生でさだまさし イン・オレゴン サタデー・ナイト・フィーバー


今回はなんとアメリカのオレゴン州ポートランドからの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸、音響効果・住吉昇といういつものメンバーに、後ろには小針画伯の絵で、あまり日本と変わりません(笑)

低予算なのにオレゴンというツッコミのはがきに、沖縄よりオレゴンの方が安くできることとか、小針画伯の絵は7時間半もかけたこととか明かされてました

まっさんぽで、オレゴンの写真が紹介されます。食べ物はハーフサイズなのにボリュームありましたね。さらにさだまさしが、地元テレビの天気予報にも出演してしまいます

「幸せはポケットに入っているもの。忙しいから気づかない。腹の立つことを毎日書いていくと、これで悩んでいるとわかるようになる」という話が印象的でした。曲は「オレゴンから愛」「かすてぃら」を歌ってくれました。次回は6月24日(日)(23日深夜)で、宇都宮からだそうですよ
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2012年05月18日

探検バクモン 姫路城


テレビ「探検バクモン 50年に一度のチャンス!姫路城を攻略せよ」を観ました。姫路城大天守修理が行われているのですが、間近に天守閣を見られるチャンスだそうですよ

車で近づいて行くと、姫路城に大きな建物がかぶさっています。天空の白鷺という施設で、壁に姫路城の絵が描かれてました。今は白鷺城の美しさは見られませんが、意外な姿です

爆笑問題の2人に、春風亭昇太と現場監督の和田さんが合流し、受付へ入ります。まず姫路城がいかに攻めにくいかの説明がありました。櫓や門、石垣は本当にみごとです。そして、江戸、明治、昭和の鯱(しゃちほこ)がそろって並んでいます。魚+虎=鯱。昭和の鯱は損傷が激しく、平成の鯱が造られたそうです

天空の白鷺へ入ってエレベータで上がって行くと、大天守の外観が目の前に広がり、大興奮!


後編は、ヘルメットをかぶって、一般の人が入れない場所へ潜入です。天守閣の屋根を触ってましたね。池田家のアゲハチョウの家紋は、かわいらしいです。瓦がはずされた、屋根の土台も間近に見えます

さらに天守閣の壁の純白の漆喰(しっくい)をはがずと、鴨居と敷居が出てきたそうです。幻の窓があったのですが、1605年に慶長大震災が起き、防震対策で設計変更されたと推測されます

西ノ丸の化粧櫓という場所に、千姫が暮らしていて、実はかなりの愛煙家だったというからビックリ。秀頼の妻だった千姫が大坂城から逃がされたその後のことは、あまり知りませんでした(笑)

天守閣の瓦は8万枚もあり、平成の大改修にあたって、すべて下ろし、葺きなおすそうです。形状ごとに分けて、1枚1枚たたいてチェックしてました。老朽化した瓦は鈍い音です。漆喰を塗っているさとうさんの背中に「匠」の文字がありましたね。50年に1度の大改修ということで、ぜひ姫路城へ行きたいです
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2012年04月29日

今夜も生でさだまさし わーかやまいいぞう!夜空の梅星


今回は和歌山からの生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が、オレンジスタジオを外からのぞいてる形でスタートです。わかまるくんの着ぐるみを着てたのは、局長だったみたい(笑)スタジオで音響効果・住吉昇も加わって、番組がスタートしました。小針画伯の絵は緑の和歌山城でしたね

北海道知床斜里町のハガキから広がった話がおもしろかったです。まずはハガキの内容。知床で春を感じるのは、流氷の白が青い海に変わることだそうです。船が港から出られることを「海明け」、流氷が視界から消えることを「流氷終日」と言います

流氷がいなくなっても、風に吹きよせられ戻って来ることがあり、今年は一度消えた流氷が4月10日に戻ってきました。さいたまスーパーアリーナでバースデーパーティが行われた日です

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2012年04月06日

ブラタモリ 第19回 江戸の食


隅田川の船の上から始まりました。すし、天ぷら、うなぎ、そばなど、庶民が料理を楽しめるようになったのが江戸時代で、当時からグルメガイドやレシピ本があったそうです。水門をくぐって、佃島の港へ入ります。陸へ上がって、国士舘大学の原田信男さんと合流しました

江戸の魚を大量に獲るようになったのは佃島が出来てからです。現在の佃島は周辺が埋め立てられ陸続きになってます。島だった痕跡を探ると、周りが下がっている個所がありました。原田さんが持ってきた水準器で、タモリが確認します

住吉神社は、佃島が作られたのと同時に建てられた神社です。徳川家康が、白魚を将軍が食べられるようにと、大阪の漁師を招いたのですが、漁業振興の目的もあったのですね。住吉神社の鳥居は、漁師たちの故郷の西を向いています。CGで当時を再現です

佃煮屋の前を通って、細い路地を抜けると、井戸がありました。さらに近くの飯田さんの家の中にも井戸があります。100年以上の家で、魚を洗う仕事をしていたそうです。後日、敷居を外す映像が撮られ、土間に大量の魚が運べることがわかりましたね


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2012年03月30日

ブラタモリ 第18回 神宮外苑


雨の外苑からスタートします。神宮外苑の正式名称は、明治神宮外苑で、明治神宮の内苑に対して、外苑と呼ばれているそうです。国学院大学の藤田大誠さんと合流し、外苑正面入り口へ行きました。江戸城から運ばれた石垣が門の代わりに置かれています。明治神宮ができたとき、競技場やプールなどが、練兵場跡地に造られたのが、外苑の始まりで、流鏑馬のように神事の意味もあったのです

イチョウ並木は、元々は同じ兄弟木でしたが、外苑の土地と東京都の公道の境目にあります。イチョウの木の高さは、絵画館側を低く、入り口側を高くして、遠近法を強調する仕掛けが施されているのですね

聖徳記念絵画館前には、幅60mの大きな池と立派な噴水があります。昭和34年から3年間、かっぱ天国と呼ばれる子どもプールが開かれていました。絵画館は重要文化財に指定された建物で、年中無休です。高橋京子さんに案内してもらいました

壁には化石があり、絵画展示室では、大政奉還や枢密院憲法会議の図などを見ることができます。窓が無くて、光を取り込むため天井がガラスになっていました。天井裏は二重構造です。非公開の屋上へ登ると、イチョウ並木が一直線に見えましたね


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2012年03月16日

ブラタモリ 第17回 新宿新都心編


歌舞伎町一番街の看板が見える喫茶店からスタートです。タモリが、この世界に入ろうと昭和39年に上京し、歌舞伎町のバーへ来て、東京ライブがスタートし、赤塚不二夫と出会ったと語ってくれました。新宿歴史博物館の鈴木靖さんと合流です

昭和20年焼野原になった新宿に、町会長だった鈴木喜兵衛氏らが中心となって、娯楽の殿堂として歌舞伎座を持ってこようと、名前を先につけたものの実現しなかったのでした。しかし昭和30年、コマ劇場などが断ち、巨大歓楽街になったのです

歌舞伎町は、北へ向かって低くなっています。歌舞伎公園に弁天様がありました。ニュータイプの3Dマップで、大村の森があり巨大な沼があったことを確認します。タモリは、アイスクリーム屋や王城という喫茶店があったことを思い出してましたね。CGで鴨場だった沼を再現します


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2012年03月02日

ブラタモリ 感想


第3シリーズ
第1回 江戸の動物 中野編
第2回 江戸の動物 上野動物園編
第3回 荒川
第4回 荒川/柴又
第5回 地下鉄スペシャル・前編
第6回 地下鉄スペシャル・後編
第7回 江戸城外堀 超拡大版
第8回 江戸の盛り場 両国編
第9回 江戸の盛り場 吉原編
第10回 国分寺 遺跡編
第11回 鉄道総合技術研究所 国分寺・後編
第12回 東京タワー・芝(アンコール)
第13回 街の樹木・植物
第14回 江戸の運河・前編
第15回 江戸の運河・後編
第16回 新宿誕生編
第17回 新宿新都心編
第18回 神宮外苑
第19回 江戸の食

第2シリーズ
第1回 築地
第2回 丸の内
第3回 新宿
第4回 上野(アンコール)
第5回 二子玉川(アンコール)
第6回 銀座(アンコール)
第7回 日本の住宅
第8回 鷹狩り
第9回 横浜 港湾編
第10回 三田・麻布(完全版)
第11回 本郷台地(完全版)
第12回 第1シリーズ総集編 前編
第13回 第1シリーズ総集編 後編
第14回 羽田
第15回 池袋・巣鴨
第16回 江戸城 外堀
第17回 赤坂(完全版)
第18回 横浜(完全版)
第19回 六本木(完全版)
第20回 江戸のゴミ
第21回 東京タワー・芝
第22回(最終回) 渋谷

第1シリーズ
第1回 早稲田
第2回 上野
第3回 二子玉川
第4回 銀座
第5回 三田・麻布
第6回 秋葉原
第7回 日本橋
第8回 本郷台地
第9回 品川
第10回 横浜
第11回 浅草
第12回 神田
第13回 新宿・大久保
第14回 赤坂
第15回 六本木




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ブラタモリ 第16回 新宿誕生編


久保田祐佳アナウンサーが「タモリさんを迎えに来ました」とアルタの廊下を歩いて行くと「笑っていいとも!」の舞台へ出ました。そしてテレフォンショッキングで、電話を渡すアナウンサーの真似です(笑)階段を上って、タモリを楽屋へ訪ねると、こじんまりした楽屋で、ソファーにいくつかの地図と時刻表が乗ってましたね

江戸の古地図を見ると、現在の新宿駅あたりは、新宿のはずれだったことがわかります。新宿通りへ出て、新宿歴史博物館の鈴木靖さんと合流です。現在の新宿通りは、新宿御苑トンネルができるまでは、甲州街道でした。古地図を見ると、四谷大木戸から下町、仲町、上町があり、内藤新宿と書かれています

内藤駿河守の下屋敷があったところへ、浅草の町人が宿場を作りたいと願い出たのです。内藤家の領地だった新しい宿場で、内藤新宿と呼ばれます。江戸へ向かうとき、内藤新宿で身支度を整えたのでした。幕府が認めた遊郭もあったそうです。CGで内藤新宿の街を再現しました


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2012年02月24日

ブラタモリ 第15回 江戸の運河・後編


江東区深川に富岡八幡宮を訪ねます。伊能忠敬像がありました。火災予防運動実施中という襷(たすき)をかけてましたね。富岡八幡宮は海にせり出した土地にありましたが、周りに運河が出来て、新しい町になったのです

海辺大工町から奉納された「狛犬」がありました。タモリが狛犬の鼻だけを撮る人がいると話すと、久染健夫さんが食いついてきましたね(笑)境内には「五拾五貫」と刻まれた「力石」があります。三ノ宮卯之助という江戸一の力持ちの絵には、船に乗った馬に乗る人を持ち上げる卯之助やたくさんの俵を持ち上げる卯之助などが描かれてました


佐賀町は、九州の佐賀に似ていることから、元禄8年につけられたそうです。江戸切絵図を見ると、細かく入り組んだ運河網があったことがわかります。貯木場として利用された場所で、昔も今も倉庫がありました

絵図にある運河がクランク状になっているのを確認します。途中までは水をはった運河が残ってましたが、一部は埋め立てられ公園になってました。護岸だけは残っていて、フェンス越しに護岸がカーブしてるのを確認できます。さらに細い路地を進んでいくと、隅田川に到着し、対岸には日本橋の街の光が見えましたね

隣の運河・油堀川で失われた運河の痕跡を探ります。運河は埋め立てられてますが、その上には首都高速道路が走ってました。高速道路が曲がっているのは、曲がっている運河の上に、高速道路をそのまま造ったからなのですね。CGで昔から今の流れを再現します


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2012年02月17日

ブラタモリ 第14回 江戸の運河・前編


江東区東大島、隅田川の東からスタートします。タモリも久保田祐佳アナウンサーも来たことがなかった場所だそうです。人口が増えていて、高層マンションがたくさん建っていましたね

江戸時代に計画的に作られた運河の最初の一本である小名木川へ出ます。対岸から江東区中川船番所資料館の久染健夫さんが声をかけてきました

小名木川は、徳川家康が塩の産地・行徳から日本橋へ塩を運ぶために造った直線の運河です。元々は海から運んでましたが、海が荒れると不安定なため、運河が造られた塩の道でしたが、やがて物流の大動脈となりました。その後、竪川など20本を越える大運河網が造られたのです

江戸の公式ルートであった痕跡として「番所橋」という地名が残っています。小名木川沿いに、中川番所という、船を検(あらた)める場所がありました

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2012年02月10日

ブラタモリ 第13回 街の樹木・植物

墨田区東向島にある第二寺島小学校を訪ね、同窓会長の鎌倉徳之さんと合流します。校庭の真ん中に大きなクスノキがありました。樹齢400年で、東京大空襲の戦災も乗り越えたそうです。クスノキの前はアルバムの集合写真が撮られるそうで、タモリと久保田祐佳アナウンサーも写真を撮ってましたね

向島の路地を歩いて行くと、たくさんの鉢植えが置いてある家がたくさんありました。江戸園芸研究家の小笠原左衛門尉亮軒さんと会います。長屋住まいの江戸の庶民は、庭を持ってないので、鉢植えを楽しんだと説明がありました

鶴の柄の入った瀬戸焼の植木鉢に、難を転ずるオタフクナンテンが植わってます。植木鉢が割れてしまった間から、大木となった松が伸びてました。すごい生命力です。江戸の園芸書には、いろんなアサガオの変化アサガオが描かれたものや、葉だけが描かれた草木錦葉集がありましたね


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2012年02月02日

ブラタモリ 第21回 東京タワー・芝


東京タワーやプリンスホテルの一帯は、芝・増上寺の境内で、花のお江戸の大展望台だったそうです。三門で伊坂道子さんと合流します。三解脱門は、江戸初期の大規模木造建築で、震災と戦災を乗り越えた奇跡のものだそうです。特別に上がらせてもらいます。門の上階からながめた風景は、当時の錦絵に残っていました。東京湾が見えたのですね

三門は江戸の庶民が入りやすい平地にあり、本堂は目立つよう丘陵の中腹に建てられています。山を背景に見えるような伽藍にしたのです

ニュータイプの3D地図が登場!12000分の1で、高さの比率を17倍にしてます。増上寺は台地のへりにあって、東海道から江戸へ来たときに、見えるようになっていたんですね。歴代将軍6人が眠っていて、徳川秀忠の宝塔は戦災で焼けました。秀忠の霊廟をCGで再現してましたね

水路の石組みがあります。ゴルフ場だった所を2003年に再開発して発掘されたのです。丸山古墳は都内最大の古墳で、古代から神聖な場所・東京の芯だったと説明がありましたよ


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2012年01月27日

ブラタモリ 第11回 鉄道総合技術研究所 国分寺・後編


タモリと久保田祐佳アナウンサーは、鉄道総合技術研究所の小野田滋さんと合流します。地名が「国分寺市光町」となっているのは、新幹線からとったそうです

いよいよ鉄道総研の敷地へ入ります。奥村文直さんも加わって、昭和47年に試験をはじめて行ったリニアモーターカーの車両を見ました。リニアモーターカー(超電導磁気浮上式鉄道)ML100です。さらに奥には、リニアモーターカーMLX−01があります。山梨で500km/hを出した車両なのですね。コンピュータ制御なので、運転席がありません

「RTRI」のヘルメットをかぶって、中へ入ります。6万8千平方メートル、東京ドーム5個分の広さがあり、食堂もありました。職員535人中、4割が博士号を持っているエキスパート集団です

ハイトラムという、パンタグラフからの電気でも、車載のバッテリーだけでも走れるハイブリッド車両に乗ります。行きはハイブリッド、帰りはパンタグラフをはずしましたが、一気に40km/hまで加速しましたね


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2012年01月20日

ブラタモリ 第10回 国分寺 遺跡編

半袖姿のタモリと久保田祐佳アナウンサーが、田園地帯に登場です。周りは緑がいっぱいで、セミの鳴き声も聞こえてました。国分寺市ふるさと文化財課の福田信夫さんと合流し、武蔵国分寺跡を訪ねます

金堂跡(現在でいう本堂跡)には建物の下に置かれた礎石が残っていました。福田さんが金神という仏様が祀らた場所に立ち、タモリと久保田アナとスタッフ2人が四隅にそれぞれ立って、間口36.1m、奥行き16.6mという大きさを実感します。CGで金堂や七重塔を再現してましたね

国分寺は奈良時代から武蔵国の中心で、国府という役所の近くに建てられたのです。741年、聖武天皇が全国各地60ヶ所に国分寺と国分尼寺をペアで造らせた国家プロジェクトの1つでした。総国分寺が東大寺です。不作や疫病の流行などがあり、仏に祈って国を守ってもらおうという発想でした

ここに建てられたのは、中国の思想に基づく四神相応、東西南北に神を象徴する地形があれば最高の場所であるという考え方に関係していたのです。東には青龍(川)を象徴する野川が流れ、西には玄武(道)が象徴する東山道が通り、南には朱雀(低湿地)を象徴する多摩川が作った低湿地、北には玄武(山)に相当する国分寺崖線という崖の連なりがありました


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2012年01月13日

ブラタモリ 第9回 江戸の盛り場 吉原編

神田川沿いをタモリと久保田祐佳アナウンサーが歩いていると、渡辺憲司さんが登場です。吉原は、幕府公認の遊郭があっただけでなく、江戸時代の流行の最先端を行っていた場所だったのですね

柳橋から船で隅田川を移動しました。昔は猪牙舟(ちょっきぶね)という速い舟で行ったそうです。途中に米蔵があった首尾ノ松が見えます。江戸から7代目の松があるんですね。浅草の吾妻橋を通過します。渡辺さんが「吉原納見」というガイドブックを見せてくれました。吉原は女性も行く観光地だったので、必要だったのです

今戸橋があった所で陸に上がり、待乳山聖天へお参りします。大根の彫り物があちこちにあって、大根が売ってました。結婚祝いにタモリが久保田アナにプレゼントしたら、お供えものでしたね(笑)

隅田川の支流だった暗渠の道(山谷堀公園)を歩いて行きました。遊女の絵図を見ると、斬新な着物や化粧をしています。アイヌの模様の着物、下唇だけ緑の紅、耳かきになってるかんざしなどが描かれていました。10人しかいなかった太夫は、教養が必要で、時計を直せる技術も必要だったとか!


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2012年01月12日

ブラタモリ 第8回 江戸の盛り場 両国編


隅田川を見ながらタモリと久保田祐佳アナウンサーが歩いていると、法政大学の陣内秀信さんが登場です。隅田川に両国橋がかかっていなかったときのジオラマを使って、説明が始まりました

1657年の明暦の大火で、街が焼失し、10万人が亡くなります。犠牲者を供養する回向院が隅田川の対岸に出来ました。火事が起きたとき対岸に逃げられるよう両国橋がかかったのです。両国橋のたもとには、火事が起きても燃え移らないように、火除け地(ひよけち)が造られます。街が復興しても空地でしたが、もったいないので仮設の水茶屋や屋台ができました。江戸時代の都市計画だったのですね

隅田川の西側「西詰(にしづめ)」へ移動します。花街、花柳界の名残を思わせる数寄屋橋風の建物がありました。韓流の店の人に、かつて芸者さんがいた盛り場だと話すと、ここにもあると教えてくれて、歩いて行くと明治5年創業の相鴨料理店がありました

420年続く薬研堀不動院は、薬研堀という名前の堀があったのが名前の由来で、薬研堀はとうがらしが有名だったそうです。大きなトウガラシを抱えた人の絵が出てきました。これはディスプレイで、中にトウガラシが入っていたのですね


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2011年12月22日

ブラタモリ 第16回 江戸城外堀


タモリと久保田祐佳アナウンサーが、四谷近くの外堀の土手の上を歩いています。タモリが「四谷雙葉だった」と冗談を言いました。女子校なんですね(笑)

千代田区歴史民俗資料館の後藤宏樹さんと合流し、法政大学ボアソナードタワーの25階から、江戸城の外堀を眺めます。良い眺めでしたね。外堀が残っていることから、江戸城が日本一の城だとわかると説明がありました

全長14kmのうち、多くが都市化で埋め立てられましたが、4kmが四谷や市ヶ谷付近に埋め立てられず残っているのです。新見附濠、市ヶ谷濠、真田濠、弁慶濠、そして牛込濠があります。江戸時代の三代将軍・徳川家光時代に、お手伝い普請、天下普請と言って、大名たちに競わせ、手掘りさせたのです。わずか3ヶ月で作られたというからビックリ!紅葉川や神田川を利用した部分と、台地を削った部分があるのですね

新見附濠は、紅葉川だった場所で、内堀側から見ると、中央線の走っている先が高台になっています。堀った土を使って、谷筋を平地にしたり、土手を盛ったりしたのです。対岸の先に亀岡八幡宮が見えます


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2011年12月09日

ブラタモリ 第5回 地下鉄スペシャル・前編


タモリと久保田祐佳アナウンサーが、スカイツリーが見える浅草に登場です。東京の地下鉄路線図を広げてみると、複雑でした。距離300km、16路線が走っているそうです。東京メトロの梅垣次郎さん、山本努さんに案内してもらいます

上野駅近くへ移動し、日本の地下鉄ではここにしかないという踏切へ行きました。ここから銀座線を地下へ入れた記念すべき場所でもある車両基地の上野検査区です。東京メトロのヘルメットをかぶって、運転席から銀座線の車両へ乗り込みます。踏切が閉まって、線路をふさいでいるゲートが上がり、地下鉄が出発!

途中でスイッチバックして地下の地下車庫へ車両が入って行きました。レールと枕木をつなぐ「犬くぎ」を、タモリが発見。プーラーという道具で、犬くぎを抜きます。タモリは満足そうでしたね(笑)


日本の地下鉄は、昭和2年に完成した浅草−上野間の2.2kmが最初だそうです。浅草駅の入り口は、寺社風の当時のままの物が残っていました。階段を下りて行くと、天井も低く、改札ゲートは当時とほぼ同じ位置にあります。当時は十銭硬貨を入れると、ゲートが90度回転する自動改札があったそうです

浅草駅のホームの先端からトンネルを見ると、鉄骨鉄筋コンクリートで作られているのが分かります。当時の映像を見ると、路線電車が走っている横で、手掘りで穴を掘る開削工法でした。造った時から200年はもつ構造だそうです。CGは昔の映像と現在の映像で、時代の流れがわかりましたね


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2011年12月02日

ブラタモリ 第4回 荒川/柴又


タモリと久保田祐佳アナウンサーは、橋本直子さんと北区浮間にある浮間公園へ行きました。浮間ヶ池があります。水害地形分布図に昔の地図を重ねると、浮間ヶ池は蛇行した荒川の一部だったことがわかります。北海道の三日月湖は、石狩川の蛇行の痕跡なのですね。洪水のときに川は昔の記憶を忘れず、戻って来ると話してました

次に、川が残した土砂が堆積した自然堤防の場所へ移動します。2段構造の塀の家があって、庭をのぞくと道より高くなっていました。水塚(みづか)という江戸時代から伝わる洪水対策です。その家に住む高木さんは、おじいさんが天秤棒をかついで、1人で土を運んで土地を高くしたと話してくれました。昭和3年に洪水があったが、被害が少なかったそうです

柴又へ移動し、谷口榮さんと合流します。久保田アナは初めてで、タモリは40年ぶりだそうです。柴又駅前の寅さん」の銅像が迎えてくれます。柴又の名前の由来は、嶋俣(シママタ)で、嶋は洪水などで土砂が堆積した高まり、俣は川が合流したり分かれるところという意味だと説明がありました。参道を歩いて行くと、わずかに高低差を見つけます


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2011年11月25日

ブラタモリ 第3回 荒川


半袖姿のタモリと久保田祐佳アナウンサーが登場。8月16日、35℃のときの収録だったのですね。荒川河川敷(足立区新田)へ降りて行きます。タモリが荒川は人工の川と説明すると、久保田アナは驚いてましたね

荒川は173kmあり都内最大級の川ですが、かつては現在の隅田川が荒川と呼ばれていました。釣りをしていた”川男”と会った後で、”川女”葛飾区の学芸員・橋本直子さんと合流です(笑)

現在の荒川の場所に、家が建っている大正初めの写真がありました。6000年前には、海の水が内陸に入り込んでいたが、寒冷化して水が引き、川が現れます。高低差が無いので、川が蛇行して、台風や大雨になると、洪水となったのです

そこで国家プロジェクトとして、流れがまっすぐで川幅が広い川が造られたのでした。19年かかって昭和5年に荒川が完成したのです。蛇行する川を、悩んでいると言っていたのはおもしろいですね


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2011年11月18日

ブラタモリ 第2回 江戸の動物 上野動物園編


浅草雷門前にタモリと久保田祐佳アナウンサー登場します。学習院女子大学の今橋理子さんと合流し、すき焼「ちんや」を訪ねました。ここは江戸時代に犬の狆(ちん)のブリーダーをやっていて、明治になってからすき焼き屋になったのです

江戸時代の動物画を見ると、ひょう、ラクダ、ヤマアラシ、オラウータンなどが見えます。海外の商人から日本にいない動物を大名が仕入れ、やがて市民に下げ渡され、見世物とされました。仲の良いオスとメスのラクダは、夫婦円満を願って多くの人が押し寄せたのですね

花鳥茶屋の話から、掛川花鳥園の話になりました。ブラタモ動物園のCGには、タモリだけでなく久保田アナも登場です(笑)


上野動物園へ移動します。明治5年に湯島で博覧会が行われ、標本から生き物まで展示されました。それが博物館へ発展し、生きた動物だけが集められ上野動物園になったのですね

園長の小宮輝之さんと合流します。タモリとは24年ぶりの再会と話してました。上野動物園には500種類の動物がいて、世界有数だそうです。パンダを見ずに、ゾウの方を移動します。普段は入れない特別な設備へ入り、直接バナナをゾウにあげました

ニホンザルのサル山は、昭和6年に房総半島の山を参考にして、山水画風に左官屋さんが創ったものです。タモリが鳴きまねをすると、サルが見てましたね(笑)


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2011年11月11日

ブラタモリ 第1回 江戸の動物 中野編


タモリと久保田祐佳アナウンサーが中野駅北口から登場して、第3シリーズがスタートです。うれしいですね。法政大学の根崎光男さんと合流です

江戸時代の巻物には、洋犬が描かれていました。江戸時代にペットブームがあり、犬や鳥だけでなく、ラクダもいたそうです

中野区役所の横に犬の銅像がありました。古地図を見ると、御囲場があったことがわかります。江戸の捨て犬が集められた犬屋敷があったのです。東京ドーム20個分の広さの場所に、10万匹の犬がいたのでした。中野サンプラザの屋上から眺めると、かなりの広さです。CGで再現してましたね

徳川綱吉の生類憐みの令には200以上の法令があったそうです。毛付帳という犬の戸籍があり、野良犬は旅犬と呼ばれていました。キリギリスや松虫などは癒しのために飼ってはいけなくて、イモリの黒焼きは禁止されていたとか。媚薬、ほれ薬だったそうです。現代でも売っているのにはビックリ!

綱吉は、人の死や血が嫌いで、痔の人は登城前に行水するよう定めたそうです(笑)17世紀に動物愛護令があったと、説明がありました


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2011年08月21日

今夜も生でさだまさし おいでまさし山口へ


70周年を迎えた山口放送局から生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が登場です。放送局の外にはたくさんの人が集まってましたね

70といえばと言われ「徳光さん、今、走ってますね」と答え、今日はかなり自由な発言でした。録画で自分の番組を見て、考え直したみたい(笑)

安田真一郎アナウンサーとオープニングコールをしました。丸い卓球台で卓球をする山口国体マスコットの「ちょるる」もいましたね

汎用スタジオへ入って音響効果・住吉昇と合流します。3年続けて「24時間テレビ 愛は地球を救う」と一緒だそうです。生さだは世間を救う!

吉田松陰と高杉晋作との3ショットのイラスト、そして小針画伯の絵は味があります。「詳しくはWEBで!」の批判のはがきもあったけど、画伯の絵は番組HPの「画伯の部屋」から過去のものも見られるのがいいですね


「まさしのふるさと通信」では下松市が紹介されました。N700系新幹線などの列車を造る街として有名だそうです。新幹線の先頭車両を作る工場で働く藤井さんが作ったマグネシウムのヴァイオリンが登場。実物を見てみたいです

パソコンのアップルマークが、ミカンになったりしてるのに、今日は会社名がバンバン出てました。NHKなのに(笑)曲「道化師のソネット」「甲子園」を歌ってくれましたよ

次回は9月18日(17日深夜)仙台からの予定だそうです!
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2011年08月12日

ブラタモリ 第22回(最終回) 渋谷


渋谷のスクランブル交差点のスターバックスからスタートします。渋谷は、渋谷川が作った谷と台地と川の街なんですね。渋谷駅の南の方へ行き、開渠になっている場所へ行き、田原光泰さんと合流します

渋谷川の痕跡を探しました。東急百貨店の案内図を見ると、東館に地下1階がありません。東横のれん街が1階にあり、その下に渋谷川が流れているんですね

江戸の古地図に描かれている川筋を上流へ行くと、キャットストリートに入ります。隠田町という場所で、隠田橋がありました。隠田の水車の絵には、亀にヒモをつけた人が描かれています

新宿御苑近くの渋谷区と新宿区の区境が渋谷川になっていて、源流がありました。江戸時代は、天龍寺の池がが渋谷川の源流で、今は池は残ってませんが、地下水が豊富だそうです。水をカメに反響させて音を楽しむ水琴窟(すいきんくつ)がありましたね


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2011年07月31日

今夜も生でさだまさし 琵琶湖でビバビバ!江江GO!


琵琶湖のビアンカ号の上から生放送でした。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が登場し、映画「タイタニック」のポーズ(笑)

サルーンへ移動して、音響効果・住吉昇と合流して、番組がスタートします。小針画伯の絵は、信号を守ろうのタヌキの絵がおかしかったです

はがきで読まれた「極楽のあまり風」という言葉はきれいでしたね。「まさしのふるさと通信」のコーナーが終わって、ガンバルゾーや顔のさぼてんの写真を紹介して、曲「線香花火」を歌ってくれました


大津放送局の人や「長浜歴ドラ隊」という人たちが登場し、ゆるキャラの紹介してくれました。石川遼選手とコラボしたプロモーションの映像がちらっと映りましたよ。詳しくはWEBで!

「生さだ」に封書で送ったのに読まれないという記事が、地元の新聞にのって、その記事を見た人のはがきが読まれてました(笑)ラストレター前には、曲「献灯会」を歌ってくれましたよ。次回は山口から8月20日深夜だそうです!
「石川遼 最年少10勝目」
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2011年06月05日

今夜も生でさだまさし がんばらんば!福島


東日本大震災と原発事故で被害を受けた福島から生放送でした。赤いTシャツを着たキャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が登場してます。スタジオに入って音響効果・住吉昇と合流して、番組がスタートです

小針画伯は福島出身だそうで、絵にいつも以上に気合が入ってましたね。途中で、少年隊の東山紀之が電話で参加したり、加山雄三からのはがきが読まれたりしました。リスナーからの手紙で「歌は魂をよみがえらせる」という言葉が印象的でしたね

避難所へ行ったら、おばさんからバナナと栄養ドリンクをもらったそうです。ニュースの時間に食べたみたい(笑)それから新曲を披露してくれましたよ

次回は滋賀県大津市から「琵琶湖でビバビバ!江江GO!」だそうです

「鶴瓶の家族に乾杯 再会編 宮城県石巻市」では、さだまさしが笑福亭鶴瓶とともに、被災地を訪ねてました。避難されている方から逆に元気をもらったと話してました。コンサート会場に焼き芋を持ってきたくれたおばさんとは再会はなかったみたいですね
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2011年03月04日

ブラタモリ 第20回 江戸のゴミ


神楽坂で、根崎光男さんと合流します。江戸の地図にある「ゴミザカ」という場所へ向かいました。江戸時代からゴミ問題があり、お触れ書きが20以上も出されたそうです

筑土八幡神社の裏手の坂が「ゴミザカ」で、古地図には芥阪とも書かれています。ゴミが捨てられた坂道で、ご飯の食べかすや茶碗が捨てられたそうです。町人が出すゴミと大名屋敷から出るゴミは処理が違って、根崎さんが持ってきた写真は、巨大遺跡として発掘された大名屋敷のゴミ捨て場でした


次に、地下鉄大江戸線・牛込神楽坂駅の前にある五味坂へ行きます。車通りの弁天坂の横にある坂が、袖摺坂(そですりざか)です。狭いので、お互いに袖を摺り合わせるほどだから、そう名づけられたそうです。袖摺坂を上がった所と隣接してあるのが、五味坂と思ったら、いくつか説があるんですね

地元で研究している鳥居さんによると、今の袖摺坂も含めて五味坂で、崖の下はゴミを捨てられやすかったと説明してくれました。鳥居さんは、近くにある尾崎紅葉の旧宅の方でもあるのです。しかし長年住んでいる人でも五味坂を知らない人もいました

ブラタモ写真館は、坂の下の石垣の公衆トイレです。歌川広重の絵で、トイレの絵があり相合傘が書かれてましたね(笑)


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2011年02月25日

ブラタモリ 第15回 六本木


東京ミッドタウンは防衛庁があったのは知っていましたが、江戸時代は萩藩毛利家の下屋敷だったんですね。東京ドーム2.5倍の広さです。大石学さんと合流します。大河ドラマ「龍馬伝」の時代考証の方です

平成19年に発掘調査が行われました。発掘跡から大名屋敷の間取りがわかり、地図と今のミッドタウンと比較しながら歩きます。幅25mの門から100m入った所に、表御殿があり、さらに奥に殿様がいた所があったそうです。再現CGでタモリ大名が出てきました(笑)檜町公園は、大名屋敷の庭園で、広い池の中に島があったんですね

国立新美術館は伊達家の屋敷がありました。国立新美術館別館の建物は、陸軍歩兵第三連隊の兵舎の一部です。六本木は軍の施設の街だったんですね。近くに、上段と下段に別れ、平行して走る2本の道路があります。境を見ると、石垣の上にコンクリートが乗ってました。下段は江戸の道で、上段は軍の車両が通る明治の道なのです

地元のそば屋さんが、2.26事件の記憶が少しあると話してくれ、電気屋さんは昭和28年の六本木の写真を見せてくれました。戦後は米軍に接収され、外人の街になったのですね


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2011年01月28日

ブラタモリ 第15回 池袋・巣鴨

タモリが「ほとんど来ない。縁がない」という池袋です。「池袋地名ゆかりの地」の説明には、多くの池があったと説明があります。郷土資料館の秋山伸一さんと合流です。池袋村絵地図によると、池袋駅の南東あたりに雑司ヶ谷村があり、その北西に池袋村がありました。雑司ヶ谷村の北にあった丸池が発祥の地だというのです。タモリは納得してません

池袋の中心地だった池袋本町へ移動します。今の繁華街から離れていきました。商店街が残ってましたね。そこから川の跡の暗渠の上の道をたどって、北東へ移動です。橋の跡があります。川と川が合流していたのです。「袋」には、川と川が合流している所という意味があると説明がありました。そこが池袋発祥の地のようですね

池袋駅前のロケ車で、林章さんと合流しました。池袋駅ができたときの明治36年の写真では、周りは何もありません。原野だったんですね。タモリと久保田祐佳アナウンサーが山手線に乗って、池袋駅から目白駅へ移動します

目白駅あたりは、台地を掘って線路を走らせてました。南の方は低くなっていて、盛り土の上を電車が走ります。分岐を作るとき、目白でなく、平坦な土地だった池袋となったのです。だから街が発展したんですね


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2011年01月21日

ブラタモリ 第14回 羽田


タモリと久保田祐佳アナが、羽田空港D滑走路の上に立ってました。オープン前に撮影されたそうです。クレーンに乗って10m上から眺めてました。横浜編でガントリークレーンに乗ったので、高所恐怖症のタモリも大丈夫みたいでしたね(笑)

滑走路には溝があって、尾根のように左右が低くなってます。椎野克自さんが合流し、排水のためと説明がありました

しばらく滑走路を歩いていくと、切れ目があります。埋め立てられた土地と桟橋で支えられている場所の境目でした。多摩川の流れをさえぎらないように、西側は埋め立てられてないのです。1165本も鉄の柱があると説明がありましたよ

ズレを吸収する伸縮装置があり、滑走路の下にはエアコン室があります。構造物がさびないように除湿するんですね


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2011年01月14日

ブラタモリ 第13回 第1シリーズ総集編 後編


(前編から) NHK101スタジオに、8m×8mの古地図を広げて、過去の放送を振り返る後編です

六本木
東京ミッドタウンを訪ねました。元は萩藩毛利家の下屋敷で、現在の地図と古地図を重ねて比べます。受付の人はタモリの説明に、固まってましたね(笑)

横浜
公園の一角にガラスをはめられた場所があります。ガラスと取ってもらうと、転車台が見えました。公園整備中に偶然発見されたのです。明治にあった転車台が、関東大震災にあってガレキの下にそのまま埋まったのですね

カットされていた映像が初公開されました。馬車は犬が先導していたという説明で、ダルメシアンが登場しますが、あっちこっちを見てましたね(笑)

絵葉書コレクターの原島広至さんが、スタジオに彩色絵葉書を持ってきてくれました。浅草の仲見世の葉書には「フランダースの少年」の旗が見えます。「フランダースの犬」じゃない(笑)白黒写真に、錦絵の絵師が色を塗ったそうです


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2011年01月07日

ブラタモリ 第12回 第1シリーズ総集編 前編


NHK101スタジオに、8m×8mの古地図を広げて放送です。地図会社全面協力で原版をデジタルマスターした地図を使ったそうですよ。その地図を元に、過去の放送を振り返りました

早稲田
神田川沿いに並んでいる街路灯について、豊島区の街路灯の間に、新宿区の街路灯があるのを発見します。昔は川が蛇行していましたが、大洪水で改修が行われ、川がまっすぐになったのに、土地の区画はそのままに残ったそうです

上野
寛永寺の徳川家霊廟を訪ねました。カメラが入ったのは40年ぶりだったんですね

都市史家の岡本哲志さんが、大名向けと町人向けの古地図について説明してくれました。大名向けは家紋が赤くなってます。それに対し、町人向けは大名屋敷は白黒で、お寺や寺院はイラスト入りになっていました


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2010年12月17日

ブラタモリ 第8回 本郷台地


今回は、本郷台地です。どうやら夏に撮りだめしたみたいですね。タモリも久保田祐佳アナもまたまた半袖(笑)建物を取り去った空からの地形図を見ると、本郷台地は大きな台地であることに、ちょっと感動です!御茶ノ水の方は行ったことがありますが、東側の谷中の方はあんまりなじみがありませんでした

長い石段を上がっていくと、湯島天神宮で、本郷台地の東側です。「台地のキワ」がキーワードでした。タモリが「女の人もキワですよ」と言い出します。文京区は、鐙坂(あぶみざか)など、坂の名所なんですね

妻恋坂、立爪坂などをめぐります。実際に爪を立てて歩いてました。道のはじにある弥生式土器の石碑は、そこで出土した訳ではなく、ゆかりの地なんですね。石川日出志先生と合流です。明治17年に発見されたものの、詳しい記録が残っていないのでした 
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2010年12月03日

ブラタモリ 第9回 横浜 港湾編


半袖のタモリと久保田祐佳アナが、横浜港の氷川丸前からスタートです。絶妙のタイミングで汽笛が鳴りましたね(笑)横浜みなと博物館の志澤政勝さんと合流します

貝殻坂を登って元町公園へ移動しました。マンホールをあけ、カメラマンが8m下へ降りていくと、レンガの壁の巨大な空間があります。たまっている水は透明です。山手の湧き水を使った船舶用の給水会社の貯水槽の跡でした。水屋敷と呼ばれていたそうです。昭和63年の元町公園の再開発のとき再発見されました。CGで当時の様子を再現してましたね

本牧埠頭BCコンテナターミナルへ入ります。普段は関係者以外は入れない場所です。コンテナには、ドライコンテナ、リーファーコンテナ、タンクコンテナなどの種類がありました。ガントリークレーンというコンテナを積みおろしする作業を間近で見ます。専用エレベーターで50m上にある操作室へ入りました。高所恐怖症のタモリも興奮(笑)コンテナの積み下ろしが、あっという間に出来てましたね

管理棟では、パソコンでコンテナの情報を管理してました。ターミナルを上から見た画面で、コンテナの写真や中身の情報がすぐわかります。重量バランスを考えて船にコンテナに積むため、コンテナの断面図の画面もありましたよ。ブラタモ写真館は、24時間時計です 
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2010年11月26日

ブラタモリ 第8回 鷹狩り


目黒の鷹場という場所からスタートです。今回もタモリと久保田祐佳アナは半袖でしたね(笑)鷹狩りは4千年以上前に中央アジアで、日本では5世紀ごろ始まったそうです。法政大学の根崎光男さんと合流します。目黒区立鷹場小学校で、13mもある将軍鷹場御成図をながめました。2千人の鷹狩り行列は、将軍の権威を見せつける意味もあったようです

江戸周辺には、6つの鷹場・六筋が設けられ、その1つの目黒筋の跡をたずねます。獲物を捕まえた鷹の持ち主である鷹匠には、5両(50万円)がもらえたそうです。駒ヶ原絵図には、将軍が目黒筋までやってきた道筋が示されていました。絵図に残っていた遠江見橋の石碑があり、流れていた川は暗渠(あんきょ)になっています

喫茶店で、御鷹場御法度手形という古文書を見ました。鳥を追いかけてはいけない、カカシを立ててはいけない、新しい屋敷を建ててはいけないなど農民への禁止事項が書かれていました。根崎さんが鳥主義だと言ったら、タモリがバーディズムと言ってましたよ(笑) 
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2010年11月19日

ブラタモリ 第7回 日本の住宅 


根津の路地からスタート。タモリも久保田祐佳アナも半袖で、夏に撮影したようですね。神奈川大学の内田青蔵さんと合流します。江戸時代にあった長屋のおもかげを探しに行きました。同じ屋根の下で、棟割して壁を隔て、1つの部屋が6畳(9尺2間)の単位に分かれています

大正初期に作られた長屋に住む澤田さんを訪ねました。長屋の前にある井戸は、何年か前に掘ったばかりだそうです。すだれを上げると、隣の家の階段がありました。床板を上げると、桶があって、シャワーがあびられるようになってます。良い感じでしたね

江戸時代には、武士50万人、町人50万人いたが、土地利用の内訳が武士7割、町人1割5分でした。長屋は狭い土地から生まれた工夫なんですね 
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2010年10月31日

今夜も生でさだまさし 南国土佐をさだにして

オープニングは、「龍馬伝」の看板前から、ハロウィンの帽子を持って、キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸が登場。スタジオに入って音響効果・住吉昇と合流です。机の前に置いてあるはがき立ては、自分で買ってきたんですね(笑)

小針画伯の絵は、はりまや橋、高知城などを描いてくれました。全部で6時間もかかったそうです!

塩澤アナウンサーが「龍馬伝」で使われた坂本龍馬の本物の衣装を着て登場。広報の佐々木さんはお龍の衣装です。NHK高知の「龍馬伝」のHPにある”「龍馬伝」応援メッセージ”に、さだまさしの写真とメッセージが投稿されました

「まっさんぽ」のコーナーは、コスモス畑、はりまや橋、地球33番地(東経133度33分33秒、北緯33度33 分33秒。3が12個並ぶ場所)、高知城、桂浜などの写真が紹介されました

高知でコンサートをやらないので、2曲歌ってくれました。「Birthday」(「鶴瓶の家族に乾杯」のメインテーマ)「その橋を渡る時」です。次回は松江からだそうですよ
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2010年10月22日

ブラタモリ 第3回 新宿


新宿についてタモリが「地元ですよ」と言ってました。「笑っていいとも!」のアルタがありますからね。今回は新宿の「水」に注目してました。新宿御苑からスタートです。内藤駿河守の屋敷があったところで、東京ドーム12個分の広さがあります

新宿区文化資源係の栩木真さんと合流です。新宿御苑の横に「玉川上水を偲ぶ流れ」が再現されてました。久保田祐佳アナウンサーは、玉川上水と聞いて、太宰治が身を投げたイメージがあると話します(笑)実際の玉川上水は川幅3m近くあったそうです

江戸時代、井の頭池から神田上水を引いていたが、水が足りなくなり、4代将軍家綱の時代に、多摩川から水を引いたのでした。断層を乗り越えて走っているとタモリが説明します

甲州街道沿いを玉川上水が流れていて、四谷四丁目の交差点に四谷大木戸という場所があったそうです。水番屋があって、江戸へ入る水の安全をチェックしてました。そこからは水路が地下へもぐり、木樋(もくひ)石樋(せきひ)と呼ばれる水道管が通されていたのです。新宿高校の中に、下水の”とい”がありました。石といです。玉川上水の上を、下水を通すため”とい”が設けられていました 
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2010年10月15日

ブラタモリ 第2回 丸の内


丸の内のオフィス街からスタートします。400年前は浅い海で、埋立地は大名屋敷だったんですね。丸の内の名前の由来は、お城の中という意味で、現在は外堀と内堀の間を丸の内と呼びます。大名小路という名が今も残っていて、大名屋敷は華やかさを競っていました

法政大学の岡本哲志先生と合流。江戸の街区が残っているところへ移動します。かつて松平相模守の屋敷だったところで、240m四方ありました。丸の内の大名屋敷がベースになっていて、土地が細分化されず、大きな高層ビルが建てやすかったのです

江戸時代に、江戸前島という陸地と日比谷入り江がありました。わずかな高低差にタモリが笑顔になってましたね(笑)低いほうへ進み、日比谷公園内の池へ移動しました。かつての海のなごりで、一番深いところで、2万年前の氷河期には川があったそうです。再現CGがありましたね 
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2010年10月08日

ブラタモリ 第1回 築地


タモリと久保田祐佳アナウンサーが築地の魚市場から登場して、第2シリーズがスタートです。なんだかうれしくなりましたね。午後2時で人もまばらで、場外へ向かいました。中央区文化財調査指導員の増山一成さんと合流です

包丁屋さんへ寄りました。河岸引けの後、毎日まぐろ包丁をとぐそうです。江戸時代に使われていた大きなマグロ包丁が飾られていました

築地は寺町で、築地本願寺を中心に58ケ寺あったそうです。妙泉寺はビルの4階が入り口でした。案内してくれた楠栄子さん、味がありましたね。5階にお墓があって、屋上に鐘があります。タイマーで自動鐘つき器を使っているそうです。自社ビルじゃなく寺社ビルだと、増山さんが言ってました。うまい!お寺として残っている園正寺は、横を商店に貸し出してましたね 
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2010年10月03日

今夜も生でさだまさし 火の国熊本さだ馬刺し


オープニングはライトアップされた熊本城です。番組のためにライトアップしてくれたんだとか。きれいでしたよ。キャスター・さだまさし、構成作家・井上知幸、音響効果・住吉昇のおなじみのメンバーが登場。ロアッソ熊本の高木琢也監督が客席に来てましたね

天草で映画館を経営する人の話のはがき、よかったです。「ニューシネマパラダイス」に話がいったけど、作った映画についてのことが書かれていて、笑いをさそってました(笑)

さだまさしは、44回目で禁煙して、45目で成功したそうです。森山良子から3年やめたら声が変わると言われたのがきっかけだそうですよ

「まっさんぽ」のコーナーは、阿蘇、風力発電機、彼岸花、宮本武蔵の武蔵塚公園、ごぼう天うどん、水前寺公園の写真が紹介されましたよ

ネットのつきあいしかない人からのハガキがおもしろかったです。3人からはがきが来て、薩長水!すごいですね

歌は「静夜思(せいやし)」を披露してくれましたよ。次回は10月末に土佐からだそうです
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ジャンルにとらわれず、マイペースでいろんなものを観ていきたいです



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