カテゴリー:大河ドラマ 平清盛

2012年12月24日

平清盛 最終回 遊びをせんとや生まれけむ


大河ドラマ 平清盛 最終回 遊びをせんとや生まれけむ

松山ケンイチがみごとに平清盛を演じきりましたね。今まで知ることがなかった清盛の家族についても知ることができ、とても楽しめた大河ドラマでした。最終回は平清盛が西行(藤木直人)を通して、自分の思いを源頼朝(岡田将生)へ伝えるという変わった趣向です。清盛の死後が駆け足で描かれていたのは少し残念。同じキャストで特別編を制作して欲しいです

壇ノ浦の戦の前日、頼朝の館、平頼盛(西島隆弘)が写経していると、頼朝がやって来ました。平家一門から離れ1人で命を永らえることを悔いてないのかと頼朝から聞かれ、頼盛は「平家は常に一蓮托生」と笑います

遡って4年前、伊勢二見浦の庵に、清盛が訪ねて来たので、西行はビックリしました。京で平盛国(上川隆也)と話していたのにと不思議がると、しばらく様子を見ていた西行が「おそらくお手前はまもなく死ぬのでありましょう。ここにいるお手前は生き霊のごときものにありましょう」と説明します。1181(治承5)年1月27日、六波羅の館、清盛は熱病に苦んでいて、平家一門が心配していました。時子(深田恭子)は生田(伊藤修子)に氷を持ってくるよう命じます

伊勢、清盛が「今死ぬということは皆の志を捨てるに同じぞ。皆の志を受け継ぎ、武士の世を創ることが、わしの背負うた使命!頼朝を倒し、再び福原に都を創るまでは死ねん」と剣を突き立てると、西行は「その方々も皆そうだったのではございませんか。やり残したことがある、果たせなかった思いが、皆無念であったことでしょう。されど皆に等しく訪れるのが死というもの。それ故にこそ人は命尽きるまで存分に生きねばなりません。そしてお手前ほどそれを体現したお方を私は知りません」と答えました

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2012年12月17日

平清盛 第49回 双六が終わるとき


大河ドラマ 平清盛 第49回 双六が終わるとき

平清盛(松山ケンイチ)は、源頼朝(岡田将生)が鎌倉に町造りしていると知り、昔の自分を思い出していました。そして復活した後白河法皇(松田翔太)に新たな時代の到来を告げます。ついに平清盛との別れが近づいてきましたね

1181(治承5)年1月、京の平宗盛(石黒英雄)の館、平家一門が清盛に新年にあいさつをしていると、伊藤忠清(藤本隆宏)が鎮西の謀反の報告に来て、平宗清(梶原善)は南都の僧が平重衡(辻本祐樹)を差し出せと騒いでいると知らせに来ます。そこで清盛が新たな軍制である惣官職を設けると説明すると、平頼盛(西島隆弘)が来て高倉上皇(千葉雄大)の病状が良くないと伝えました。1月14日、高倉上皇は徳子(二階堂ふみ)のことを心配しながら、21才の若さで亡くなります

法住寺殿、清盛がひれ伏していると、後白河法皇が来られました。清盛が顔を上げると、法皇は2つのサイコロを投げられ「困ったことがあれば何でも申せ。なにしろわしは頂きに立つ者。いかなることもしてやれるだろう」と去っていかれます

幽閉されていた法皇が陰から世を操っていたとわかり一門は驚きました。清盛は時子(深田恭子)を徳子の元へ行かせ、法皇の後宮に入ってと頼みます。徳子は「お断りします」と即答し「上皇様だけが私の光る君にござります」と話しました。館へ帰って時子が説明すると、清盛は別の手を考えると答えます。すると時子は「もうよいではございませんか。あの光らない君がここまでのぼられたのです。これ以上の高望みはなされますな」とやわらかく慰めましたね


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2012年12月10日

平清盛 第48回 幻の都


大河ドラマ 平清盛 第48回 幻の都

平清盛(松山ケンイチ)は京へ還都することになり、自らが目指した武士の世が終焉へ向かったことを悟ります。一方、迷っていた源頼朝(岡田将生)は、清盛と鳥羽法皇(三上博史)とのエピソードを聞いて、自分の務めを確信しました。どうして弁慶(青木崇高)がその話を知っていたのかは不思議です(笑)

六波羅の館、平清盛は伊藤忠清(藤本隆宏)から「殿ご自身がもはや武士ではございません」と言われたことを思い出していました。忠清から介錯を頼まれますが、平盛国(上川隆也)は「平家の武の軸は忠清殿、そなたじゃ。これよりいよいよ平家に抗う者を討ち、平らげねばならん。そのときにそなたがおらんで何とする。生きて平家を殿をお守りいたそうぞ」と断ります

鎌倉、1180(治承4)年10月、平家方の大庭景親(木下政治)が降伏してきました。源頼朝(岡田将生)は斬首を命じます。そして佐々木秀義(建蔵)三浦義澄(谷本一)千葉常胤(伊藤昌一)らの領地を安堵すると伝え信用を得ました。頼朝が佐竹攻めを命じると、土肥実平(モロ師岡)が日が悪いと反対しますが、頼朝は「みな我に従え」と強気で、武将たちを納得させます

福原、高倉上皇(千葉雄大)が病に伏せられていました。清盛がまもなく新しい内裏ができるので政の要が福原に移ると話すと、徳子(二階堂ふみ)は上皇の病は遷都のせいだと涙目です


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2012年12月03日

平清盛 第47回 宿命の敗北


大河ドラマ 平清盛 第47回 宿命の敗北

平清盛(松山ケンイチ)も源頼朝(岡田将生)もともに武士の世を作るという目的は一致していましたが、方向性がまったく逆になってしまいます。死を覚悟した伊藤忠清(藤本隆宏)がそのことを清盛に教えてくれましたね

1180(治承4)年9月5日、平清盛は源頼朝を追討せよと命じました。総大将は平維盛(井之脇海)とし、伊藤忠清を軍師と補佐させます

10日ほど前の8月23日、頼朝は石橋山の戦いで平家方の大庭景親(木下政治)伊東祐親(峰竜太)の大軍に攻められ惨敗しました。頼朝は北条時政(遠藤憲一)土肥実平(モロ師岡)とともに洞窟に身をひそめていると、平家方の梶原景時(浜田学)が見逃してくれましたね。九死に一生を得た頼朝たちは安房国へ逃れます

奥州平泉の源義経(神木隆之介)は、藤原秀衡(京本政樹)に挙兵した頼朝の元へ馳せ参じたいので、兵を授けてと頼みました。しかし秀衡は認めません。すると弁慶(青木崇高)は義経の運と度胸を見て欲しいと、的の下に座り込み、義経に的の中央を射るよう言います。義経はみごとに命中させました。秀衡はあきれながらも藤原泰衡(小林高鹿)に命じ、家臣を義経に付き従わせ、坂東へ向かわせます。弁慶は目を見開いたまま、倒れこみましたね


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2012年11月26日

平清盛 第46回 頼朝挙兵


大河ドラマ 平清盛 第46回 頼朝挙兵

年老いた平清盛(松山ケンイチ)は、以仁王の乱に源頼政(宇梶剛士)が加勢したと知った上に、福原遷都を皆に反対され、混乱した様子になっていましたが、源頼朝(岡田将生)の挙兵をすると、武士の清盛に戻りました。いよいよクライマックスですね

1180(治承4)年4月、伊豆の頼朝は、源行家(江良潤)から以仁王の平家打倒の令旨を受け取ります。政子(杏)は今こそたつ時と発破をかけられますが、頼朝は乗り気でありません。行家から源頼政も参じると知らされると、北条時政(遠藤憲一)は源義朝の忘れ形見が立ち上がったとなれば、皆も勢いづくと励まし、藤九郎(塚本高史)は千載一遇の機会だと背中を押し、頼朝は戦支度を始めました

福原の平清盛はすっかり仏御前(木村多江)に惚れ込み、見向きもされない祈王(尾上紫)祈女(花影アリス)は去って行きました。その様子を見て、小兎丸(高杉真宙)が清盛の目指した国造りは兎丸の目指したものと同じかとたずねると、桃李(柊瑠美)は困った様子でしたね

以仁王(柿澤勇人)は源頼政と源仲綱(須田邦裕)に、自分が帝となれば皆の考えを聞いて良い政をしようと笑顔になり、八条院ワ子(佐藤仁美)もうれしそうでした。そこへ清盛が上洛したので、頼政に来るようにと使いが来ます

頼政が恐る恐る会いに行くと、清盛は知盛が病になって見舞いに来たと答えました。そして平盛国(上川隆也)に福原の絵図を広げさせ、福原遷都を打ち明け、新しき国造りを手伝ってと頼みます。平知盛(小柳友)が回復した様子なので、清盛はすぐ福原へ戻ろうとしました。時子(深田恭子)がいる前で、平時忠(森田剛)が早く帰りたい訳があると振ると、清盛は慌てます。盛国が「むろん新しき都造りにございます」とナイスフォローです(笑)知盛は妙に馬の出入りの激しいと話しました


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2012年11月20日

平清盛 あらすじと感想


第1回 ふたりの父(その1)
第1回 ふたりの父(その2)
第2回 無頼の高平太
第3回 源平の御曹司
第4回 殿上の闇討ち
第5回 海賊討伐
第6回 西海の海賊王
第7回 光らない君
第8回 宋銭と内大臣
第9回 ふたりのはみだし者
第10回 義清散る
第11回 もののけの涙
第12回 宿命の再会
第13回 祇園闘乱事件
第14回 家盛決起
第15回 嵐の中の一門
第16回 さらば父上
第17回 平氏の棟梁
第18回 誕生、後白河帝
第19回 鳥羽院の遺言
第20回 前夜の決断
第21回 保元の乱
第23回 叔父を斬る
第24回 清盛の大一番
第25回 見果てぬ夢
第26回 平治の乱
第27回 宿命の対決
第28回 友の子、友の妻
第29回 滋子の婚礼
第30回 平家納経
第31回 伊豆の流人
第32回 百日の太政大臣
第33回 清盛、五十の宴
第34回 白河院の伝言
第35回 わが都、福原
第36回 巨人の影
第37回 殿下乗合事件
第38回 平家にあらずんば人にあらず
第39回 兎丸無念
第40回 はかなき歌
第41回 賽の目の行方
第42回 鹿ヶ谷の陰謀
第43回 忠と孝のはざまで
第44回 そこからの眺め
第45回 以仁王の令旨
第46回 頼朝挙兵
第47回 宿命の敗北
第48回 幻の都
第49回 双六が終わるとき
最終回 遊びをせんとや生まれけむ

平清盛 キャスト












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大河ドラマ 平清盛 キャスト


「大河ドラマ 平清盛」の主なキャストをまとめてみました

平清盛/平太(松山ケンイチ、前田旺志郎)
平宗盛(石黒英雄)清三郎(草川拓弥):清盛の三男
平知盛(小柳友):清盛の四男
平重衡(辻本祐樹、新田海統):清盛の五男
平維盛(井之脇海、大西勇哉):重盛の嫡男
平資盛(森永悠希、大西健誠):重盛の次男
平清宗(松本頼):宗盛の嫡男

平経盛(駿河太郎):忠盛の三男、清盛の異母弟
平教盛(鈴之助):忠盛の四男、清盛の異母弟
平頼盛(西島隆弘):忠盛の五男、清盛の異母弟
平忠度(ムロツヨシ):忠盛の六男、清盛の異母弟
平時忠(森田剛):時子の弟、清盛の義弟

平盛国/鱸丸(上川隆也、小林廉):平家家臣、滝次の子
平宗清(梶原善):頼盛の乳父
平貞能(田口浩正):平家貞の子
伊藤忠清(藤本隆宏):平家家臣

時子(深田恭子):平時信の娘、清盛の妻
建礼門院徳子(二階堂ふみ、川嶋紗南、内田愛):清盛の長女、高倉天皇の后
経子(高橋愛、大出奈々子):平重盛の妻、藤原成親の妹
生田(伊藤修子):時子の侍女

桃季(柊瑠美、山口愛):春夜の妹、兎丸の妻
小兎丸(高杉真宙、小野伶広):兎丸と桃李の子
春夜(渡辺邦斗、野村周平):宋人
佐伯景弘(温水洋一):厳島社司
荒丹波(八田浩司):兎丸の部下
豊藤太(累央):兎丸の部下
麒麟太夫(須加尾由二):兎丸の部下
祈王(尾上紫):白拍子
祈女(花影アリス:白拍子
仏御前(木村多江):白拍子
大庭景親(木下政治):平家家臣
梶原景時(浜田学):平家家臣


源頼朝(岡田将生、中川大志):源義朝の三男
北条政子(杏):頼朝の正室
北条時政(遠藤憲一):伊豆の豪族、政子の父親
牧の方(築山万有美):政子の母親
藤九郎/安達盛長(塚本高史):源頼朝の側近
佐々木秀義(建蔵):源氏家臣
佐々木定綱(関貴昭):秀義の嫡男
佐々木経高(高村晃平):秀義の次男
土肥実平(モロ師岡):源氏家臣
三浦義澄(谷本一):源氏家臣、義明の子
千葉常胤(伊藤昌一):源氏家臣
上総広常(高杉亘):源氏家臣
武田信義(永澤俊矢):源氏家臣

源義経/遮那王/牛若丸(神木隆之介):義朝と常盤の子、頼朝の弟
武蔵坊弁慶/鬼若(青木崇高)
僧都(大門伍朗):鞍馬寺の僧
常盤御前(武井咲):義朝の側室、義経の母

藤原秀衡(京本政樹):奥州藤原家の当主
藤原泰衡(小林高鹿):秀衡の子
多田行綱(野仲イサオ):摂津源氏
源行家(江良潤):為義の子、義朝の弟

**
後白河法皇/雅仁親王(松田翔太、小山颯):清盛の天敵であり友人
高倉上皇/憲仁親王(千葉雄大、三谷翔太):後白河院と滋子の皇子
安徳天皇(田中悠太、貞光泰風):高倉帝と徳子の皇子、清盛の孫
上西門院統子(愛原実花):鳥羽院と璋子の子、後白河院の姉
八条院ワ子(佐藤仁美):以仁王の養母、鳥羽院と美福門院得子の皇女

藤原兼実(相島一之):藤原忠通の六男
藤原経宗(有薗芳記):後白河帝の近臣
藤原基通(永嶋柊吾、大硲真陽):藤原基実の嫡男
藤原邦綱(岡本信人):藤原家の家司
花山院忠雅(友吉鶴心)
西行/佐藤義清(藤木直人):清盛の親友
明雲(腹筋善之介):比叡山延暦寺天台座主
金覚(新崎人生):比叡山延暦寺の僧
銀覚(脇知弘):比叡山延暦寺の僧

+++++++
平忠盛(中井貴一):清盛の育ての父
平正盛(中村敦夫):忠盛の父
平家盛/平次(大東駿介、藤本哉汰):忠盛の次男、清盛の異母弟
平重盛(窪田正孝、平岡拓真)清太(丸山歩夢):清盛の長男
平基盛(渡部豪太、末岡拓人)清次(池田優斗):清盛の次男

宗子/池禅尼(和久井映見):忠盛の正室、清盛の継母
舞子(吹石一恵):清盛の実母
明子(加藤あい):高階基章の娘、清盛の妻
秀子(海老瀬はな):家盛の妻
須磨(駒塚由衣):宗子の侍女
波子(岩田さゆり):盛国の妻
盛子(八木のぞみ、近藤里沙):清盛の次女、藤原基実の妻

平忠正(豊原功補):忠盛の弟
平長盛(大地泰仁):平忠正の長男
平忠綱(久保山知洋):平忠正の次男
平正綱(山本卓):平忠正の三男
平通正(竹下諒一):平忠正の四男

平家貞(中村梅雀):平家家臣
平盛康(佐戸井けん太):清盛の乳父
平維綱(尾美としのり):家盛の乳父
平時信(蛭子能収):時子の父
伊藤忠直(土平ドンペイ):伊藤忠清の弟
滝次(河原崎建三):漁師
国松(白倉裕二):清盛の郎党
時松(内野謙太):清盛の郎党
蟬松(原勇弥):清盛の郎党
光康(田中幸太朗):北面の武士
資遠(真島公平):北面の武士
貞嗣(奥村知史):北面の武士


源義朝/武者丸(玉木宏):源氏の棟梁、清盛のライバル
源義平(波岡一喜):源義朝の長男
源朝長(川村亮介):源義朝の次男
鎌田正清(趙a和):通清の次男、義朝の乳兄弟
長田忠致(長谷川公彦):鎌田正清の義父
上総常澄(きたろう):源氏家臣
三浦義明(菅田俊):源氏家臣
波多野義道(コング桑田):源氏家臣
通子(下宮里穂子):義道の妹
伊東祐親(峰竜太):東国の武将
八重姫(福田沙紀):伊東祐親の娘
伊三郎(やべきょうすけ):伊東祐親の家来
山木兼隆(中村竜):伊豆の武家
今若丸(佐藤詩音):義朝と常盤の子
乙若丸(荒川槙):義朝と常盤の子
梓(水木薫):常盤御前の母

源為義(小日向文世):義朝の父
源義賢(阪本浩之):源為義の次男、義朝の異母弟
源頼賢(永岡佑):源為義の四男、義朝の異母弟
源頼仲(岩間天嗣):源為義の五男、義朝の異母弟
源為宗(大木貴文):源為義の六男、義朝の異母弟
源為成(新井祐介):源為義の七男、義朝の異母弟
源為朝(橋本さとし):源為義の八男、義朝の異母弟、鎮西八郎
源為仲(藤村直樹):源為義の九男、義朝の異母弟
藤原季範(山口良一):由良御前の父、熱田神宮の大宮司
茂貞(徳井優):常盤御前の父
由良御前(田中麗奈):義朝の正室、頼朝の母
鎌田通清(金田明夫):源氏家臣
源頼政(宇梶剛士):伊豆守
源仲綱(須田邦裕):源頼政の子
渡辺唱(伊藤正之):頼政の家臣

++
白河法皇(伊東四朗):後白河院の曽祖父、清盛の実父
鳥羽法皇(三上博史):後白河院の父
待賢門院璋子(檀れい):鳥羽院の后、後白河の母
堀河局(りょう):璋子の侍女
近衛天皇(北村匠海):鳥羽院と得子の子
呈子(伊藤麻実子):近衛の后、藤原忠通の養女
多子(中田美優):藤原頼長の養女
崇徳上皇(井浦新、桑代貴明):後白河院の異父兄
重仁親王(雄大):崇徳院の皇子
聖子(大谷英子):崇徳院の后
美福門院得子(松雪泰子):鳥羽院の后
御影(横山めぐみ):得子の侍女
二条天皇/守仁親王(冨浦智嗣、松田佳祐):後白河院の皇子
建春門院滋子(成海璃子):時子、時忠の妹、後白河院の后
健寿御前(東風万智子):滋子の女房
以仁王(柿澤勇人):後白河院の皇子
乙前/祇園女御(松田聖子):白河法皇の寵妃、後白河院の今様の師

高階基章(平田満):明子の父
春子(吉田羊):義清の妻
藤原長実(国広富之):白河法皇の近習、得子の父
藤原実能(小久保丈二)
藤原家保(渡辺哲):藤原家成の父
藤原家成(佐藤二朗):新興貴族、平家の理解者
藤原成親(吉沢悠):藤原家成の子、後白河院の近臣
西光/藤原師光(加藤虎ノ介):藤原家成の養子、後白河院の近臣
藤原師高(菅勇毅):西光の長男
藤原師経(清水優):西光の次男
平康頼(螢雪次朗):後白河院の近臣
俊寛(大島宇三郎):法勝寺執行
信西/高階通憲(阿部サダヲ):清盛の師
朝子(浅香唯):通憲の妻

藤原忠実(國村隼):藤原摂関家の長
藤原忠通(堀部圭亮):忠実の長男、関白
藤原頼長(山本耕史):忠実の次男、左大臣
藤原兼長(中根大樹):頼長の子
藤原師長(片山景介):頼長の子
藤原教長(矢島健一):崇徳院の近習
秦公春(富川一人):頼長の近習
図書允俊成(窪田吾郎)
藤原公教(並樹史朗)
源雅定(赤星昇一郎)
藤原信頼(塚地武雅):後鳥羽院の近臣
藤原基実(村杉蝉之介):藤原忠通の嫡男
藤原惟方(野間口徹、矢柴俊博):二条帝の近臣
藤原基房(細川茂樹):藤原忠通の次男
藤原師家(阿久津秀寿):藤原基房の子

+++
朧月(隆大介):盗賊の頭
周新(桜金造):宋人
長門(豊真将):力士
常明(佐々木睦):絵師
淡海(植本潤):宋の僧
原田種直(蟹江一平):大宰大監
趙(住田隆):宋の使者
絵師(ばんばひろふみ)
羅刹(吉武怜朗):禿(かむろ)
兎丸(加藤浩次、前田航基):朧月の子、海賊の棟梁

平清盛 あらすじと感想












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2012年11月19日

平清盛 第45回 以仁王の令旨


大河ドラマ 平清盛 第45回 以仁王の令旨

平清盛(松山ケンイチ)は、祈王(尾上紫)祈女(花影アリス)そして仏御前(木村多江)の白拍子による連続攻撃に、すっかり骨抜きになってました(笑)白拍子を送り込んだ黒幕がいるのかもしれませんね。清盛は反平家の関白・藤原基房(細川茂樹)らを追いやり、後白河法皇(松田翔太)を幽閉し、治承三年の政変という軍事クーデターを成功させ、武士として初めて天下の頂きに立ちました

1180(治承4)年春、福原の清盛が高倉天皇(千葉雄大)はいつ言仁親王に譲位なさるのかと催促し、平盛国(上川隆也)が朝廷内に異を唱える者がいると答えると、清盛は不機嫌になり六波羅に使いを出せと命じます。内裏清涼殿、平重盛(窪田正孝)に代わって平家の棟梁となった平宗盛(石黒英雄)関白・藤原基通(永嶋柊吾)が高倉帝に譲位を迫りました

後白河法皇の皇子・以仁王(柿澤勇人)は所領を奪われ、兄弟が次々と即位し、何のために生まれたのかとぼやくのを聞いて、八条院ワ子(佐藤仁美)は源頼政(宇梶剛士)を呼んで力を貸してと頼みますが、頼政は清盛に歯向かう様子はまったくありません

伊豆の北条時政(遠藤憲一)の元を山木兼隆(中村竜)が訪ねてきました。東宮が即位するので、租税を増やせと命令が来たと言い、平家と縁が深い自分でなく、源頼朝(岡田将生)に政子(杏)を嫁がせたとチクリと嫌味を言います。時政は頼朝を訪ね、藤九郎(塚本高史)と政子に清盛は自分のために税を使っていると批判しました。頼朝は矢を射ましたが、的を大きくはずします


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2012年11月12日

平清盛 第44回 そこからの眺め


大河ドラマ 平清盛 第44回 そこからの眺め

とうとう平重盛(窪田正孝)が去ってしまいました。その後の後白河法皇(松田翔太)の平清盛(松山ケンイチ)を逆なでする動きは、少し軽率すぎる感じを受けました。清盛が一気に頂きに昇りつめてしまう隙を与えたのですからね。それとも別な狙いがあったのでしょうか

1179(治承3)年、伊豆、源頼朝(岡田将生)と政子(杏)の間に、大姫が生まれました。北条時政(遠藤憲一)は三浦義明(菅田俊)佐々木秀義(建蔵)藤九郎(塚本高史)に、平家の世は長く続かないと思うので、頼朝にかけると話します

京、平重盛は病に伏していて、経子(高橋愛)が泣きながら看病していました。福原、平貞能(田口浩正)から重盛の病が良くないので、後白河法皇といがみ合わないようにと言われますが、平清盛は庭へ出ていきます。平盛国(上川隆也)は重盛の心は伝わってるので、心配ないと貞能に話しましたね

後白河法皇(松田翔太)は関白・藤原基房(細川茂樹)をお呼びになります。清盛の娘・白川殿盛子(八木のぞみ)が病と聞き、盛子が持っている膨大な摂関家領を、藤原基実の子・藤原基通(永嶋柊吾)でなく、基房に継がせたいというのです。基房は大喜びです

法皇は、花山院忠雅(友吉鶴心)の厳島詣の伴をさせることで、清盛を厳島へ遠ざけられました。春夜(渡辺邦斗)が急ぎ足でやって来て、佐伯景弘(温水洋一)に耳打ちするのを、清盛が気にします。6月17日、盛子が亡くなったのです


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2012年11月05日

平清盛 第43回 忠と孝のはざまで


大河ドラマ 平清盛 第43回 忠と孝のはざまで

御所を攻めようとする平清盛(松山ケンイチ)を止めようと、必死に訴える平重盛を演じた窪田正孝の演技、心を揺さぶられましたね。後白河法皇(松田翔太)が企てた鹿ヶ谷の陰謀が露見し、藤原成親(吉沢悠)は捕らえられ、西光(加藤虎ノ介)は死罪となります。平重盛は平清盛に、成親の助命を頼みました。重盛は保元の乱のとき信西が死罪を蘇らせたのは過ちであった、死罪を行えば国中に謀反が絶えないと古の人も言ってる、ただ帝のため、国のため、平家一門のためと話すと、清盛は成親を流罪にしてくれます

経子(高橋愛)からお礼を言われ、重盛は義弟として当然で、成親が流罪となった備前は暑いので、着替えを送ってあげたらとやさしい表情です。しかしひと月後、安元3年7月9日、成親は餓死します。清盛は食事を与えなかったのです。残酷ですね

重盛が清盛の国造りにこれ以上何が欠けているのかと聞くと、清盛はそれに答えず、洛中洛外の寺社に中宮徳子(二階堂ふみ)に皇子が授かるよう祈願すると答え、黙って自分の国造りを支えるよう話しました。重盛がフラフラと立ち去ってから、平盛国(上川隆也)は重盛の辛さを心配します

御所、重盛が「どうかお心落としなきよう」と申し上げると、法皇は西光と成親の最期を確認し「うずきはじめておる。うつつに生きるもののけの血が」と泣きながら笑われましたね


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2012年10月29日

平清盛 第42回 鹿ヶ谷の陰謀


大河ドラマ 平清盛 第42回 鹿ヶ谷の陰謀

1177(安元3)年、鹿ヶ谷の山荘、後白河法皇(松田翔太)は「機は熟した。これより我らは平家を討つ」とおっしゃられ、摂津源氏・多田行綱(野仲イサオ)は驚きます。藤原成親(吉沢悠)西光(加藤虎ノ介)は、行綱の配下の兵を動かさせ、法勝寺執行・俊寛(大島宇三郎)、法皇の近臣・平康頼(螢雪次朗)にも協力を頼みました。運ばれてきた白い反物は宇治布30反で、源氏の旗を作るのです。行綱が袖をひっかけ瓶子が倒れると、成親や俊寛は「へいしが倒れましたぞ」と喜びます。西光は「平氏の首はこうしてやる」と瓶子の首をたたき壊しました

伊豆、北条政子(杏)は北条時政(遠藤憲一)から平氏にゆかりのある山木兼隆へ嫁ぐよう言われます。政子が源頼朝(岡田将生)のことを思うと行けないと断ると、時政は政子をたたきました

5月4日、比叡山延暦寺の明雲(腹筋善之介)は法皇によって捕縛され、天台座主を解任されてしまいます。内裏、藤原経宗(有薗芳記)藤原基房(細川茂樹)藤原兼実(相島一之)らは法皇の動きにあぜんとしていましたが、法皇は明雲を伊豆へ流罪としました

福原の平清盛(松山ケンイチ)は平盛国(上川隆也)に、法皇の動きが何かおかしいと気にしています。5月23日、明雲は伊豆へ護送される途中の近江国にいて、源頼政(宇梶剛士)の兵が警固していました。そこへ比叡山の金覚(新崎人生)銀覚(脇知弘)ら山法師たちが襲ってきて、明雲は奪われてしまいます。知らせを聞いた法皇たちは予想通りだと話してましたね

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2012年10月22日

平清盛 第41回 賽の目の行方


大河ドラマ 平清盛 第41回 賽の目の行方

建春門院滋子(成海璃子)の死によって、平清盛(松山ケンイチ)と後白河法皇(松田翔太)の仲が離れていきましたね。今回はその矢面に立たされた西光(加藤虎ノ介)がみじめに見え、かわいそうに思えてしまいました。清盛が広めようとした宋銭を積極的に使っていたのに

法皇は滋子のことを思い出しながら「遊びをせんとや〜」と詠われます。乙前(松田聖子)は「もう何もお教えすることはございません。法皇様のめざす道と歌とが、ついに1つになったということにございましょう。それは建春門院様がはかなくなられたことで、かえって…」と話しました

徳子(二階堂ふみ)が「きっと皇子を産みまする。亡き建春門院様を祖母に持つ賢い皇子を」と言うと、高倉天皇(千葉雄大)は「きっと授かろう」とやさしげです

福原、清盛が平盛国(上川隆也)と話していると、平貞能(田口浩正)が急ぎやって来ました。法皇が僧になるはずの九の宮と十の宮を、都へ呼び戻され、帝の養子にしたというのです。徳子に皇子が生まれなければ、次の帝にしようという考えのようでした。清盛は平重盛(窪田正孝)を法皇の元へ向かわせ、平家の忠義に二心がないことを伝えさせます


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2012年10月15日

平清盛 第40回 はかなき歌


大河ドラマ 平清盛 第40回 はかなき歌

平清盛(松山ケンイチ)の平家、後白河法皇(松田翔太)の天皇家の間をつないでいた建春門院滋子(成海璃子)に悲劇が襲いました。滋子のことを本当に好いていた法皇が、これからどう平家に接していくか見ものでもありますね

1174(承安4)年、大輪田泊が完成し、宋との貿易が盛んに行われるようになります。清盛と平盛国(上川隆也)は西光(加藤虎ノ介)に宋銭を渡し、世間に使い良さを知らしめてと頼みました。西光は信西が生きていればそうしただろうとうれしそうです

清盛は「兎丸、博多を都の隣に持ってきたぞ」とつぶやきます。清盛は春夜(渡辺邦斗)を呼んで、厳島神社に法皇と滋子をお迎える準備を依頼しました。大輪田泊から唐船に乗って厳島へ渡って頂くのです。一緒に来た小兎丸(小野伶広)は笑顔でしたが、桃李(柊瑠美)は硬い表情でしたね

内裏、徳子(二階堂ふみ)は「義母上、申し訳ございません。入内して3年、今だお役を果たせません」と謝ると、滋子は「帝は今だ御年14、焦ることはござりませぬ」と大笑いし、厳島へ行くと答えます

法皇ご一行が、厳島神社を参詣されました。厳島明神は子宝の祈願にも相応しい社です。佐伯景弘(温水洋一)が迎え、法皇が「面白き社じゃ。古来、寺の塔などは上へ上へと登るように築かれておる。されどこの社、横へ横へと広がっておる」とおっしゃられると、清盛は「それこそ私のめざす国の姿でござります」と宋の銭を渡します。「この小さきものが西へ東へ行き渡れば、国はめざましく豊かになりましょう。そしてこの厳島明神のご加護があり、帝に皇子様がお生まれになれば、王家と平家の絆は一層磐石に」そして平家一門がお支えすると頭を下げました


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2012年10月08日

平清盛 第39回 兎丸無念


大河ドラマ 平清盛 第39回 兎丸無念

平清盛(松山ケンイチ)とともに走ってきた兎丸(加藤浩次)が不運な結末を迎えてしまいましたね。激しく言い合いを始めた2人を平盛国(上川隆也)がどうして止めなかったのかと残念に思います

五条大橋、武蔵坊弁慶(青木崇高)は遮那王(神木隆之介)に戦いを挑んできます。禿(かむろ)と勘違いしたようです。弁慶の薙刀をかわした遮那王は、弁慶の腰から刀を奪い、ひらりと橋の欄干に飛び移ります。やがて禿の集団が現れ、弁慶と遮那王を囲みますが、赤い羽根を撒き散らしさって行きました。遮那王は「私は禿などというものではありません」と言いますが、弁慶が攻撃をやめません。遮那王は弁慶のむこうずねをたたくと、弁慶は「痛い」と転げます。弁慶の泣き所!弁慶がいずれ源氏が挙兵するため太刀を集めていると言い、清盛が義朝を滅ぼしたと説明しました。すると遮那王は清盛を父と慕っていたと答えるので、弁慶は「牛若」と大喜びで、抱き上げます

1172(承安2)年3月、福原で万灯会(まんどうえ)が行われました。1万の明かりを点じ、罪を懺悔する法会です。西行(藤木直人)は「消えぬべき法の光の灯火を かかぐる和田の泊なりけり」と詠みました

内裏、藤原兼実(相島一之)が清盛の噂をするのを、藤原基房(細川茂樹)があわてて止めます。縁の下に羅刹(吉武怜朗)ら禿が見張っていたのです


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2012年10月01日

平清盛 第38回 平家にあらずんば人にあらず


大河ドラマ 平清盛 第38回 平家にあらずんば人にあらず

平清盛(松山ケンイチ)が「早く波よけの岬を作る手立てを見つけ、泊を完成させよ」と催促すると、兎丸(加藤浩次)は「わかっとるわい」と機嫌が悪いので、清盛が「桃李と小兎丸を呼び寄せてやってはどうじゃ」と話題を変えると、兎丸は笑顔を見せます

京内裏、公家が平家の悪口を言っていると、赤い羽根の装束を着た少年・禿(かぶろ)たちに囲まれました。公家は平時忠(森田剛)の元へ連れてこられ、家宝を没収され、禿たちに分け与えられてしまいます。時子(深田恭子)が行きすぎを注意しますが、時忠はやめる気はありません

伊豆、北条政子(杏)から源頼朝(岡田将生)のことを聞かれ、北条時政(遠藤憲一)は源氏の御曹司であることや、八重姫(福田沙紀)との子を伊東祐親(峰竜太)に殺されたことを伝えましたね

桃李(柊瑠美)と小兎丸を呼び寄せ、ご機嫌な兎丸は、水を入れた大きな鉢を使って泊に岬を作る方法を説明します。使えなくなった船に、石をたくさん積んで、泊にどんどん沈めていって岬を造るのです


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2012年09月24日

平清盛 第37回 殿下乗合事件


大河ドラマ 平清盛 第37回 殿下乗合事件

福原にとどまっている平清盛(松山ケンイチ)でしたが、平時忠(森田剛)の暗躍により、都を動かします。時子(深田恭子)もその動きに一枚かんでいるようでしたね

伊豆蛭ケ小島、北条時政(遠藤憲一)が政子(杏)に膳の仕度を手伝うよう話してると、源頼朝(岡田将生)藤九郎(塚本高史)が訪ねてきます。そこへ三浦義明(菅田俊)上総常澄(きたろう)佐々木秀義(建蔵)が来ると、時政は頼朝を縁者の者とごまかしました

清盛は宋の海商・周新(桜金造)を招き、太宰府で行なっていた取引を福原で行いたいので、宋の使者への仲介を頼みます。若い頃、清盛は周新と会ったことがありましたね。兎丸(加藤浩次)平盛国(上川隆也)の説得を周新が断ると、清盛は他にも商人がいると言い、周新を丸め込みます。何を送るかいいのかについて、兎丸は金をあげ、清盛は金といえば奥州と連想しました

奥州藤原家の当主・藤原秀衡(京本政樹)は、出羽と陸奥の押領使でしかなかったので、清盛は平重盛(窪田正孝)に高い官位を与えるよう指示します。内裏、摂政・藤原基房(細川茂樹)右大臣・藤原兼実(相島一之)が反対しますが、平教盛(鈴之助)平宗盛(石黒英雄)だけでなく、藤原経宗(有薗芳記)も賛成してくれました。1170(嘉応2)年5月25日、鎮守府将軍・従五位下に任じられた藤原秀衡は「さてどなたのご推挙か」と藤原泰衡(小林高鹿)に不思議がってましたね


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2012年09月17日

平清盛 第36回 巨人の影


大河ドラマ 平清盛 第36回 巨人の影

遮那王(のちの義経)(神木隆之介)は写経に励んでいます。常盤御前(武井咲)が鞍馬寺の僧都(大門伍朗)に預けたのです。僧都が足をすべらせると、遮那王は部屋から一瞬で庭にかけつけます。不思議ですね

1169(嘉応元)年3月20日、平清盛(松山ケンイチ)は後白河上皇(松田翔太)を福原に招き、千僧供養を行います。夜、清盛が明雲(腹筋善之介)にお礼をしてると、上皇がいらっしゃいました。清盛は福原へ移った訳を、明雲にも上皇にも話しません。清盛は平重盛(窪田正孝)に、余程のことが起こらない限り京へ戻らないので、棟梁として一門を率いろと命じます

西光(加藤虎ノ介)が「あそこが大輪田の泊ですな。亡き我が主、信西が志した遣宋使節の船、ここから出すことができれば好都合でしょうな」と言うのを聞いて、上皇は「出家をし、叡山と手を組む。京を離れ、海の近くに住む。大船の入れる泊を造る。なるほど、遣宋使も夢ではない。都を留守にするは賭けじゃ。おのれ不在の六波羅、いったいどう率いるつもりなのか」と何か企んでいる様子です

藤原成親(吉沢悠)は「義弟と酒を飲みとうなりました」と席をはずし、重盛の元へ来ました。棟梁になったものの不安な様子の重盛を、成親は励ましますが、重盛が酒を取りに行くと「小物が」とつぶやきます


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2012年09月10日

平清盛 第35回 わが都、福原


大河ドラマ 平清盛 第35回 わが都、福原

1168年(仁安3)年2月、病に倒れた平清盛(松山ケンイチ)は死の淵からよみがえりました。清盛は比叡山延暦寺天台座主・明雲(腹筋善之介)を招いて「この頭を丸めていただきたく」と頼みます。かつては争った仲なのに、どうして得度を求めるかと明雲が聞くと、清盛は「加茂川の水、双六の賽、山法師。あの白河院でさえも、これら3つに手を焼かれたといいます。私はこれらと真摯に向き合い、また手を携えて参りたいと考えます」と答えました。2月11日、清盛は出家します。松山ケンイチは本当に頭を丸めてしまったのですね!

伊豆、小四郎とともに弓の練習をしていた北条政子(杏)は危うく北条時政(遠藤憲一)を射てしまうところでした(笑)一方、藤九郎(塚本高史)は食事を取ろうとしない源頼朝(岡田将生)を心配します

時子(深田恭子)も出家しました。ツルツルの頭をたたき「さっぱりしたわ」と笑う清盛を見て、平家一門は驚きます。太宰府から戻った平頼盛(西島隆弘)平宗清(梶原善)も口を開けてました。清盛は「わしは福原に住むことにした。ここに館を建てて住まう」と地図を広げ、指さします

平盛国(上川隆也)とともに清盛が廊下へ出ると、平重盛(窪田正孝)が本当は福原で何をしようとしているのか質問してきました。しかし清盛は自分の留守の間、棟梁の勤めを果たしてとしか答えません


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2012年09月02日

平清盛 第34回 白河院の伝言


大河ドラマ 平清盛 第34回 白河院の伝言

1168年(仁安3)年2月、平清盛(松山ケンイチ)が急な病に倒れます。時子(深田恭子)は平家一門に「寸白(すばく)ということじゃ。体に毒が入り込み、話しかけてもお答えにならず、こちらの声が聞こえておいでかどうかもわからぬ」と説明しました。うろたえる一門に、時子は「騒ぐでない!今は落ち着き、なすべきことをせよ。重盛、今このときより、一門を統べよ。殿がお目覚めになるまで、棟梁を勤めよ」と命じます

清盛危篤の知らせが伊豆に届きました。藤九郎(塚本高史)北条時政(遠藤憲一)が清盛が死んだら国の行く末が大きく変わると言うと、源頼朝(岡田将生)は「身まかられるじゃと?あのお方が。さようなことには断じてならぬ。この暮らしが変わる日など、永久(とこしえ)におとずれぬのだ。永久に」とうつろな表情です

内裏、藤原基房(細川茂樹)藤原兼実(相島一之)は、以仁王(柿澤勇人)八条院ワ子(佐藤仁美)と会って、以仁王の時代が来たと話します

後白河上皇(松田翔太)滋子(成海璃子)は熊野詣の途上、紀伊田辺にいらっしゃいました。上皇の背中の腫れ物の形が何かに似てると、滋子と藤原成親(吉沢悠)が気にしていると、西光(加藤虎ノ介)が清盛危篤の知らせを持ってきます。急ぎ都へ戻ることにしましたね


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2012年08月20日

平清盛 第32回 百日の太政大臣


大河ドラマ 平清盛 第32回 百日の太政大臣

1165年(永万元)年6月、平清盛(松山ケンイチ)は武士として初めて大納言となります。内裏清涼殿、まだ赤ん坊の六条帝に謁見しました。殿上の間で、清盛が大輪田に港を造りたいと提案しますが、左大臣・藤原基房(細川茂樹)に話題を変えられてしまいます。廊下で清盛がため息をついていると、摂政・藤原基実(村杉蝉之介)が「そう気を落とされますな、舅殿」となぐさめてくれ、平時忠(森田剛)が赦免となったと教えてくれました。清盛が去ってから、基実のところへ、基房と内大臣・藤原兼実(相島一之)が「藤原摂関家の嫡男ともあろう者が、武士ふぜいにそこまで肩入れせずともよいでしょう」と近づいてきましたね

藤原成親(吉沢悠)が清盛に歩み寄られてはとすすめると、後白河上皇(松田翔太)は「さようなことをせずとも、いずれ清盛は我が前にひれ伏そう」と笑われます

平盛国(上川隆也)は、平宗盛(石黒英雄)平知盛(小柳友)平重衡(新田海統)徳子(川嶋紗南)に、官位について説明していました。そこへ清盛が戻ってきて、子供たちが駆け寄って行くと、清盛が笑顔になりましたね

清盛が謁見しますが、後白河院はすぐに去られてしまいます。廊下で久しぶりに会った西光(加藤虎ノ介)は、源頼朝(岡田将生)を死罪にせず流罪にしたことを恨んでいました。朝子(浅香唯)の頼みで、西光は上皇の近臣として仕えることになります


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2012年08月07日

平清盛 第31回 伊豆の流人


大河ドラマ 平清盛 第31回 伊豆の流人

1164年、伊豆蛭ケ小島へ流された源頼朝(岡田将生)が写経していると、藤九郎(塚本高史)が漁から戻って来ました。やがて、目付・伊東祐親(峰竜太)が来て、魚捕りに行かれたらとすすめますが、頼朝は「流人の分際では、写経をして過ごすが相応と心得ます」と答えます

京六波羅、清盛の館、平清盛(松山ケンイチ)は一門や兎丸(加藤浩次)らを集め、地図を示しながら、大輪田辺りに港を造り、瀬戸を広げ、博多に入った唐船を、都近くに運ばせると説明します。平重盛(窪田正孝)が公卿たちが賛成しないのではと口を挟むと、清盛は「むろんそれは見越しておる。まずはのぼることじゃ」と答えます

二条天皇(冨浦智嗣)に皇子・順仁親王がお生まれになりました。後白河上皇(松田翔太)は二条帝の父でありながら、政に関われず「おもしろうない」とぼやいていると、朝子(浅香唯)が注意します。そこへ滋子(成海璃子)と憲仁親王が来ると、上皇は「帝に皇子さえ生まれなんだら、きっとそなたを東宮にできたものを」とやさしくなりましたね

平清盛は上皇に謁見します。藤原成親(吉沢悠)が千体の千手観音を作られたが、それ納めるお堂がないと言うと、清盛は「この平清盛にお任せあれ」と蓮華王院を献上します。そのおかげで、重盛は参議となり、清盛とともに昇殿を許されました。関白・藤原基実(村杉蝉之介)は「重盛殿は私にとって義理の兄、みなみな何かと導いて差し上げるがよい」と味方しますが、内大臣・藤原基房(細川茂樹)は冷たい表情です


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2012年07月30日

平清盛 第30回 平家納経


大河ドラマ 平清盛 第30回 平家納経

1161年、讃岐に流罪となった崇徳上皇(井浦新)は歌を詠み、のどかに暮らされていました。平清盛(松山ケンイチ)は兎丸(加藤浩次)に怒っています。後白河上皇(松田翔太)と滋子(成海璃子)との間に憲仁親王が生まれ、祝のため宋の高価な品を頼んだのに、到着が遅れたのです。兎丸は「文句があるんだったら、博多を都の隣に持って来い」と叫びます

平清盛や平重盛(窪田正孝)が御所へ出かけた後、平時忠(森田剛)が平基盛(渡部豪太)平教盛(鈴之助)を呼び寄せました。憲仁親王を東宮つまり次の帝に定めて頂こうというのです。しかしすぐ二条天皇(冨浦智嗣)の知るところとなります。天皇からお叱りを受け、清盛は時忠ら3人に官職を返上しろと命じました

庭に1人でいた清盛のところへ基盛が謝りに来ます。清盛が「お前にはお前の役目があって、平家の男子としてこの家に生まれてきたのだ。お前も重盛も誇らしい我が子供」とやさしく言うと、基盛は笑顔を見せました。2人の会話を重盛も聞いてましたね

藤原成親(吉沢悠)から崇徳帝の写経を渡されると、後白河上皇は何かの呪詛ではないかと疑われ、送り返すようにと話されます。破かれた写経が戻ってきて、崇徳帝は身体を震わせられました。さらに仁和寺の重仁親王(雄大)が亡くなったと知らせが入り、崇徳帝は「我が子が、何故じゃ」と何度も嘆かれ、床に爪を立てられ、目を真っ赤にされ「日本国の大魔王となりて、皇を民にひきおろし、民をば皇にのし上げん」と舌を噛み切られました


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2012年07月23日

平清盛 第29回 滋子の婚礼


大河ドラマ 平清盛 第29回 滋子の婚礼

1160(永暦元)年6月、平清盛(松山ケンイチ)は正三位にのぼり、一門は公卿の家柄となります。清盛の館で宴がもようされているところへ、平盛国(上川隆也)とともに源頼政(宇梶剛士)が来ました。頼政は平治の乱の後、平家に従うようになったのです

平重盛(窪田正孝)は伊予守左馬頭、平基盛(渡部豪太)は遠江守、平宗盛(草川拓弥)は淡路守、平知盛はわずか9才で武蔵守、平頼盛(西島隆弘)は尾張守、平教盛(鈴之助)は常陸介、平経盛(駿河太郎)は伊賀守となります。兎丸(加藤浩次)たちが博多で取引した宋の品々を運んできました。清盛は品を見て、帝や上皇へお渡しするよう指示を出します

清盛は池禅尼(和久井映見)とともに平家貞(中村梅雀)を訪ねました。家貞は床に伏せていて、家貞の息子・平貞能(田口浩正)がひかえています。兎丸が手に入れた唐果物を出すと、家貞はうれしそうです。家貞は、先々代の正盛がはじめて唐果物をくれて、そのおいしさに驚き、毎日食べたいと思ったのがきっかけで、宋との交易を進めたと打ち明けます(笑)家貞が「そんなものでございます。欲すること、欲しいと思うこと、すなわち欲こそが男子の力の源。亡き大殿、忠正様、家盛様…源氏の棟梁・義朝殿。殿はこれから先、そうした方々すべての思いを背負うて生きていかれるのです」と話すと、清盛は「もとよりその覚悟じゃ。それこそが我が欲じゃ」と返しました。やがて家貞はこの世を去ってしまいましたね


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2012年07月16日

平清盛 第28回 友の子、友の妻


大河ドラマ 平清盛 第28回 友の子、友の妻

1159(平治元)年12月、源義朝(玉木宏)は軍勢を失い、源義平(波岡一喜)源朝長(川村亮介)源頼朝(中川大志)鎌田正清(趙a和)とともに京から東国へ落ち延びる途上でした。頼朝は義朝が髭切の太刀を落としたのではと戻り、山中ではぐれてしまいます

藤原信頼(塚地武雅)藤原成親(吉沢悠)は、後白河上皇(松田翔太)を頼って仁和寺に逃げ込みました。朝子(浅香唯)とともに現れた上皇は優しい言葉をかけられた後、歌われます。信頼が「聞いたことのない新しい歌にございますな」と言うと、上皇は「白楽天の長恨歌じゃ。寵愛した家臣に国を滅ぼされる皇帝の物語でな。朕はそうはなりとうない」とお怒りになりました。そして平教盛(鈴之助)が「中納言信頼以下、謀反人を召し捕る」と登場です

平清盛(松山ケンイチ)は成親に「此度ばかりは許しましょう。だが再びこのような仕儀となったときは、身内とは思いませぬゆえ、覚悟なされませ」と釘を刺しました。一方、信頼には「貴方様は信西殿にとって代わるため謀反を起こした。さような愚か者を生かしておっては、志半ばで無念の死を遂げた信西殿が浮かばれますまい」と言います。信頼が「面白うないのう」とつぶやくと、清盛は「志なき者の一生は面白うないのは道理!六条河原にて斬首とする」と命じました

美濃青墓の山小屋で、傷ついた源朝長は短刀を首に当て自害します。源義平は北国へ下ると言って義朝と正清と別れますが、平氏に捕らわれ斬首となりました


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2012年07月09日

平清盛 第27回 宿命の対決


大河ドラマ 平清盛 第27回 宿命の対決

1159(平治元)年12月18日、平清盛(松山ケンイチ)は六波羅へ戻ります。平教盛(鈴之助)だけは鎧をつけ戦う気ですが、平経盛(駿河太郎)ら他の一門は冷静です。平盛国(上川隆也)を従え清盛がやって来て平治の乱について説明してから「今は信頼様がこの国の頂きに立つお方。断じて攻めようなどと考えるな」と話します

内裏源氏の陣、源義朝(玉木宏)は清盛を迎え討つ構えです。義朝の次男・源朝長(川村亮介)がかけつけ、長男・源義平(波岡一喜)三男・源頼朝(中川大志)がそろいます。信西(阿部サダヲ)に代わって頂点に立った藤原信頼(塚地武雅)は女と双六をしていて、朝廷の機能を果たしません。藤原経宗(有薗芳記)藤原惟方(野間口徹)は過ちに気づき、藤原成親(吉沢悠)に同意を求めます

一本御書所へ幽閉された後白河上皇(松田翔太)が「遊びをせんとや〜」と歌われるので、上西門院統子(愛原実花)はあきれられてましたね

清盛は数日経っても動きません。あくびしている朝長を、義朝が怒鳴りつけます。鎌田正清(趙a和)が清盛の使いが訪ねて来たと知らせに来ました。義朝が信頼の元へかけつけると、平家貞(中村梅雀)が巻紙を差し出します。平氏一門の名が記された名簿(みょうぶ)で、平氏一門は信頼へ忠義を尽くすと誓ったものでした。信頼は安心しますが、義朝は裏があると疑います


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2012年07月02日

平清盛 第26回 平治の乱


大河ドラマ 平清盛 第26回 平治の乱

1159(平治元)年12月9日深夜、京三条殿で後白河上皇(松田翔太)が長恨歌の絵巻を女たちにお見せになってると、中納言・藤原信頼(塚地武雅)が何者かが攻め寄せてきたと知らせに来ました。一方、上西門院統子(愛原実花)に鎌田正清(趙a和)が内裏へ移るよう話してるのを、朝子(浅香唯)が聞いて危機を察知します

後白河帝と統子が一本御書所へ移られたと報告を受け、源義朝(玉木宏)が「構え、放て!」と命じると、源氏の軍勢は一斉に火矢を射て、三条殿そして信西(阿部サダヲ)の館を襲いました

平清盛(松山ケンイチ)の館に朝子は助けを求めます。時子(深田恭子)は生田(伊藤修子)に、平盛国(上川隆也)へ知らせに行かせ、早馬を清盛の元へ走らせました

熊野詣へ向かう途中の紀伊切目に滞在していた清盛一行の元へ、伊藤忠清(藤本隆宏)がかけつけます。知らせを聞いた清盛は「義朝が謀反じゃと!?」と驚きますが、平重盛(窪田正孝)は「そう奇怪なことではないと存じます。源氏の棟梁は父を斬らされた上、平氏のように取り立てられることもなく、飼い殺しのような扱いを受けてます。信西入道を恨む気持ちが募っても、おかしくはございません」と冷静です。平家貞(中村梅雀)は「信西入道は朝廷においても、憎まれておりましょう。誰もが思い描けぬような世の仕組みを形にするため、重職の方々を容赦なく罷免なされ、あれでは敵だらけになっても、不思議はござりますまい」と話しました。清盛は「なんと浅はかなことをしたのだ、義朝。まだわかっておらなんだか、信西殿は武士の悲願を叶えるに欠かせぬお方ぞ。俺が今少し上るまで何故待てなんだ」と無念そうでしたね


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2012年06月25日

平清盛 第25回 見果てぬ夢


大河ドラマ 平清盛 第25回 見果てぬ夢

1159(保元4)年2月13日、由良御前(田中麗奈)が仕えていた統子内親王(愛原実花)が上西門院となり、源頼朝(中川大志)は蔵人に取り立てられます。寝ていた由良は、頼朝から報告を聞いてうれしそうです

信西(阿部サダヲ)は藤原師光(加藤虎ノ介)と各地の租税を確認し「これでは大学の再建ができぬ」と残念そうに去って行きました。平清盛(松山ケンイチ)が「せわしないお方じゃ」とつぶやくと、朝子(浅香唯)は1155(久寿2)年のことを話します

鳥羽院が熊野詣されたとき、宋の僧侶・淡海を召されました。淡海は、生身観音つまり現に生ける観音様を拝みたいと熊野へ来たのです。日本語がわからぬ淡海に困り果ていると、信西が宋の言葉で語りかけたのでした。どうして宋にくわしく宋語が話せるかと淡海がたずねると、信西はいつか遣唐使が再開され、使節に任命されたときのためと答えます。すると淡海は「やはり熊野にて大願がなかった。汝こそ、生身観音にござります」と信西を拝んだというのです

朝廷の勢力は2つに別れ対立していました。二条天皇(冨浦智嗣)を支える親政派と、信西が率いる後白河上皇(松田翔太)の派閥です。信西の決定に、帝親政派の藤原経宗(有薗芳記)藤原惟方(野間口徹)が反感を強めます。また上皇派の藤原信頼(塚地武雅)は上皇から寵愛を受け、近衛大将の職を望みますが、信西から却下され不満な様子です


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2012年06月18日

平清盛 第24回 清盛の大一番


大河ドラマ 平清盛 第24回 清盛の大一番

1156(保元元)年7月、崇徳上皇(井浦新)は讃岐へ流されます。保元2年10月、信西(阿部サダヲ)が新しい政の手始めとして行った内裏の修繕が終わりました。後白河天皇(松田翔太)に信西は、平清盛(松山ケンイチ)らのおかげと説明します

清盛の館で、清盛は平頼盛(西島隆弘)平経盛(駿河太郎)平教盛(鈴之助)の官位が1つずつ上がったと伝えました。さらに平重盛(窪田正孝)は従五位上に上がり、平基盛(渡部豪太)もうれしそうです

重盛は縁に座りぼんやりします。基盛がどうしたのか聞くと、重盛は「お前は何とも思わぬのか、大叔父上を斬れと命じた信西入道の元、何事もなかったように働く父上を」とうつろな様子でしたね

信西は清盛に、新しい内裏で宮中行事の相撲節会(すまいのせちえ)を復活させ、租税で賄いたいと話します。藤原師光(加藤虎ノ介)が持ってきた各地の租税一覧を見ると、鎮西は播磨より豊かな土地で、宋との取引も盛んなのに、租税が少ないです。そこで信西は清盛に鎮西(今の九州)へ行き、大宰大監(大宰府役人の長)・原田種直(蟹江一平)から相応の税を取り立てるよう命じます。清盛は原田より上の大宰大弐(大宰府の長官)に任命しろと言いますが、信西は認めません


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2012年06月11日

平清盛 第23回 叔父を斬る


大河ドラマ 平清盛 第23回 叔父を斬る

平清盛(松山ケンイチ)は信西(阿部サダヲ)から「そなたの叔父・平忠正とその子・長盛、忠綱、正綱、通正の処分が決まった。死罪じゃ。斬首せよ」と命じられます。従わねば官位をはく奪し、領地を召し上げると言われ、清盛は抵抗できません。藤原師光(加藤虎ノ介)が信西の後ろで見守ります。藤原成親(吉沢悠)に頼みに行くと、申し訳ないと顔を伏せますが、泣いてませんでしたね

源義朝(玉木宏)も信西から「そなたの父・源為義とその子・頼賢、頼仲、為宗、為成、為仲を斬首せよ」と命じられます。義朝が許しを請うと、信西は「平清盛は叔父とその子を斬る。清盛はわかっておるに違いない。この先、武士が一層力を持つために、今何をせねばならぬのか」と黙らせました

館へ帰った義朝は、源為義(小日向文世)から目をそらし、由良御前(田中麗奈)に「何ゆえ連れ戻した」と八つ当たりし、鎌田正清(趙a和)が止めます

平忠正(豊原功補)が斬首と聞いて、伊藤忠清(藤本隆宏)らが生かす手立てを考えますが、平時忠(森田剛)はことごとく否定です。清盛から沙汰を告げられ、忠正は「承知した。いつ斬られる?わしが何より恐れておるのは、己が平氏の災いとなることじゃ」と答えます。平盛国(上川隆也)が2日のうちと伝えると、忠正は「見届けて欲しいと言うたな。己が平清盛であるということを。ならばお前が斬れ」と言いましたね


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2012年06月04日

平清盛 第22回 勝利の代償


大河ドラマ 平清盛 第22回 勝利の代償

1156(保元元)年7月12日、敗者となった崇徳上皇(井浦新)方は四方にちりじりに落ちて行きます。藤原頼長(山本耕史)は首に矢を受け負傷しました。崇徳上皇はついてきた兵たちを去らせてから、藤原教長(矢島健一)に出家したいと話されます。しかし教長が僧も剃刀も思いようにならないと答えると、上皇はお笑いになり「何と思うようにならぬ一生よ、生まれてよりこのかた何1つ」と悲しまれました

高松殿では、伊藤忠直(土平ドンペイ)の死を、平清盛(松山ケンイチ)伊藤忠清(藤本隆宏)らが悼んでいます。その横で、鎌田通清(金田明夫)が死に落ち込む鎌田正清(趙a和)を、源義朝(玉木宏)長田忠致(長谷川公彦)がなぐさめていました

そこへ信西(阿部サダヲ)らとともにいらした後白河天皇(松田翔太)が「皆の者、大儀であった。そなたたちの見事な働きにより、我らが勝利したのじゃ。つわものどもよ、ようやった」と話されます

裏庭で清盛が「終わった」と寝転んでると、近くで義朝も「終わった」と寝転んでいました(笑)清盛が「やはり戦はお前が1枚上手であった。見事であった。もうそこまで来ておるのじゃ、武士の世が。面白きことを己で考え、面白きことを己で形にする。かように面白きことがあるか」と笑うと、義朝も嬉しそうです。義朝が友を切るとは縁起が悪いので、友切の名前を変えたいと言うと、清盛は髭切にしたらとからかいましたね


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2012年05月28日

平清盛 第21回 保元の乱


大河ドラマ 平清盛 第21回 保元の乱

1156(保元元)年7月10日、藤原家成の娘・経子の屋敷、時子(深田恭子)の元に平盛国(上川隆也)が、平忠正(豊原功補)が離反し、崇徳上皇(井浦新)方についたと知らせに来ます

後白河天皇側高松殿、平清盛(松山ケンイチ)が300騎、源義朝(玉木宏)が200騎を率いかけつけました。藤原成親(吉沢悠)が「反乱の首謀者である上皇様と悪左府様を捕えるがこたびの目的、帝の御為存分に働くがよい」、藤原師光(加藤虎ノ介)が「手柄顕著な者は勝利の後に昇殿をも許されよう」と言うと、義朝が「死んだ後で恩賞を受けて何となりましょう。今すぐ昇殿をお許し下されませ」と頼みます。後白河天皇(松田翔太)は「ハハハ、面白い」と笑われ、合図を受けた信西(阿部サダヲ)が「下野守に昇殿を許す」と許可を与えました

藤原摂関家の藤原忠実(國村隼)は2人の息子の藤原忠通(堀部圭亮)藤原頼長(山本耕史)が敵味方になり、複雑な表情で心配していましたね。美福門院得子(松雪泰子)は後白河帝の皇子・守仁親王(松田佳祐)とともに洛外にいました

崇徳上皇側白河北殿、頼長がいかに戦うべきか意見を求めると、源為義(小日向文世)が止めるのも聞かず、源為朝(橋本さとし)が夜討ちを提案します。一方の後白河天皇側高松殿でも義朝が夜討ちを提案しましたね

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2012年05月21日

平清盛 第20回 前夜の決断


大河ドラマ 平清盛 第20回 前夜の決断

1156(保元元)年7月2日、鳥羽法皇(三上博史)が崩御され、京に不穏な空気が流れます。西行(藤木直人)が「今宵こそ 思い知らるれ浅からぬ 君に契りのある身なりけり」とやって来ると、平清盛(松山ケンイチ)は「戦になるぞ」と厳しい表情です

崇徳上皇(井浦新)には悪左府・藤原頼長(山本耕史)が接近します。一方、信西(阿部サダヲ)は上皇と頼長に謀反の動きがあると、後白河天皇(松田翔太)を守るよう命じました。藤原師光(加藤虎ノ介)の姿もありましたね

平氏一門が集まり、上皇と天皇のどちらにつくか話し合いが行われます。それぞれの意見の後、平盛国(上川隆也)にうながされた清盛は「我ら平氏はいずれにもつかぬ。これは戦の後のことを考えてのことじゃ。帝方も上皇方も平氏の武力が欲しいに違いない。こうして待たせることにより、戦の後の恩賞をつり上げるのじゃ」と説明しました

平時忠(森田剛)は笑い、平頼盛(西島隆弘)が勝利するとは限らないと反論します。すると清盛は「ただ勝つだけではダメなのだ。父上は公卿になれなかった。公卿にはなれぬでは政に関われぬ。政に関われねば、世を変えることはできぬのだ」と話しました。廊下で平家貞(中村梅雀)がなぜ何も言わなかったと聞くと、平忠正(豊原功補)は「兄上が生きておれば、あやつと同じことをしたのではないかと思うてな」と答えましたね


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2012年05月14日

平清盛 第19回 鳥羽院の遺言


大河ドラマ 平清盛 第19回 鳥羽院の遺言

1155年、後白河天皇(松田翔太)が誕生し、乳父の信西(阿部サダヲ)の元に公家たちがすり寄って来ます。平清盛(松山ケンイチ)は崇徳上皇(井浦新)を思い、怒って信西の元を去って行きましたね

崇徳上皇は「許さぬ、鳥羽の法皇を」と憎み、鳥羽法皇(三上博史)は「許るせ、上皇、顕仁、我が子よ」は謝ります。政から離れていた悪左府・藤原頼長(山本耕史)はオウムに、内覧の宣旨が下る夢を見たと話しかけていました

美福門院得子(松雪泰子)は巫女に近衛帝が呪詛されていたと占わせ、頼長の仕業と噂が立ちます。関白・藤原忠通(堀部圭亮)は頼長を法皇や得子に会わせようとせず、摂関家の長・藤原忠実(國村隼)は「お前はやりすぎたのだ」と冷たいです

東国では、源義朝(玉木宏)の命を受けた軍勢が、源義賢(阪本浩之)を襲っていました。義朝の子・鎌倉悪源太と呼ばれた源義平(波岡一喜)は、義賢を討ち、源氏重代の太刀・友切を奪い、義朝の手にもたらします


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2012年05月07日

平清盛 第18回 誕生、後白河帝


大河ドラマ 平清盛 第18回 誕生、後白河帝

1154(久寿元)年、近衛天皇(北村匠海)のご容態がさらに悪くなり、美福門院得子(松雪泰子)はお命を救おうと大変な苦心でした。藤原家成(佐藤二朗)が「なぜかようなお苦しみを」と心配すると、鳥羽法皇(三上博史)は「朕の愚かさゆえ。帝を即位させるため、我らはだまし討ちのように上皇を退けた。その因果がめぐってきたのではないか」と、崇徳上皇(井浦新)を退位させたことを悔やまれます

家成がにわかに具合を悪くしたので、平清盛(松山ケンイチ)は平盛国(上川隆也)平家貞(中村梅雀)とともに見舞いに行きました。家成のそばには息子の藤原成親(吉沢悠)と養子の藤原師光(加藤虎ノ介)がひかえます。家成が「これより先も法皇様をお頼みします。たとえこの先この身がどうなろうと、我がせがれ・成親、養子の師光を私と思うて、何なりとご相談あれ」と手を取ると、清盛は「承知仕りましてございます。万事我らにお任せ下さい」と握り返しましたね。やがて5月29日、家成はこの世を去ります

重仁親王(雄大)を前に、崇徳上皇と藤原教長(矢島健一)から次の帝が重仁親王になったら力を貸してと頼まれますが、清盛は断って去ろうとしました。すると上皇が「そちが言うたのではないか!叔父子と呼ばれ、疎まれていた朕に、この醜き世をもっと面白く生きよと!身を捨つる 人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ、世捨て人のごとき暮らしを強いられ、待つこと13年!やっと面白う生きる機会が訪れようとしておるのじゃ。そちが朕の力にならずして、何とする」と近づいてこられ、清盛は圧倒されます

廊下で、雅仁親王(松田翔太)が「上皇様も落ちぶれたものじゃ、一介の武士をお頼りになるとは」と言うと、清盛は「上皇様がお変わりになったのではござりません。我ら武士の役目が、少しずつ変わって参ったと心得ます」と返しました


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2012年04月30日

平清盛 第17回 平氏の棟梁


大河ドラマ 平清盛 第17回 平氏の棟梁

1153(仁平3)年、平忠盛(中井貴一)亡き後、平清盛(松山ケンイチ)は新しき棟梁となり、忠盛の館と家人たちを引きつぐことになります。平氏一門が広間に集まっていました。最後に平盛国(上川隆也)を従えた清盛が登場し、上座に座ります

清盛は「平清盛である」と言い、盛国が「みな存じております」と突っ込み、一門が笑いました。頼盛の乳父・平宗清(梶原善)の姿もあります。清盛が「俺が棟梁となった上は、亡き父上の固き志を継ぐ。すなわち武士の世を目指す。これは棟梁である俺の、そして平氏一門の志を心得よ」と宣言すると、みなが平伏します。さらに清盛は「とりわけ、重盛、基盛!そなたたちはいずれ天下一のもののふの一門を背負う身であることを、覚悟しておけ。清三郎、清四郎、2人の弟たちの良き手本となるのじゃ」と話しました

庭で、清太改め平重盛(平岡拓真)と、清次改め平基盛(末岡拓人)が的に向かって矢を放つのを、家臣たちが見守ります。重盛は肩に力が入りすぎ、基盛は力が抜け過ぎと、伊藤忠清(藤本隆宏)が指導しました。平頼盛(西島隆弘)がみごと決めますが、平経盛(駿河太郎)はまったく当たりません。平教盛(鈴之助)の矢が的を真っ二つに割ると、忠清は負けじと的を吹っ飛ばしましたね

平家貞(中村梅雀)から平氏の所領について説明を受けていると、盛国が家成の警固について、平忠正(豊原功補)が家人たちへの米のあてがえについて、兎丸(加藤浩次)は博多からの積み荷についてたずねてきて、清盛は混乱します


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2012年04月23日

平清盛 第16回 さらば父上


大河ドラマ 平清盛 第16回 さらば父上

平忠盛(中井貴一)は舞子(吹石一恵)の声を聞きます。「いつかわかるのではございませんか、夢中で生きていれば。なぜ太刀を振るうのか、何ゆえ武士が今の世を生きているのか」一方、平清盛(松山ケンイチ)は床に倒れている剣を拾って振りました

京、東三条邸、摂政・藤原忠通(堀部圭亮)が酒を飲みながら、白拍子の舞を見ていると、源為義(小日向文世)鎌田通清(金田明夫)が兵を率いて来ました。為義は「忠実公の命により、朱器台盤を頂戴しに参った」と叫びます。久安6年9月26日のことです。藤原摂関家の家宝・朱器台盤を、左大臣・藤原頼長(山本耕史)へ渡すことができ、藤原忠実(國村隼)はうれしそう。これで頼長が藤原氏長者となります

源義朝(玉木宏)が「父上には武士の誇りというものがないのですか。父上のしたことは、ただの盗賊と同じにございます」と責めると、為義は「ああその通りじゃ。盗賊と同じく、生きるため、一族郎党を食わせるために働いておる。それの何が悪い」と怒りました

鳥羽法皇(三上博史)は忠盛を刑部卿に、清盛を安芸守に任じると伝えられます。美福門院得子(松雪泰子)は笑顔で聞いていましたね。廊下で、忠盛と為義が出会います。為義が源氏と平氏いずれが強いか勝負をつけるまで生き残ると言うと、忠盛は楽しみだと笑います


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2012年04月16日

平清盛 第15回 嵐の中の一門


大河ドラマ 平清盛 第15回 嵐の中の一門

1149(久安5)年3月、平氏は鳥羽院の熊野詣への警固を勤め、帰途についていました。平家盛(大東駿介)は「兄上」とつぶやきながら、落馬してしまいます

館に家盛の亡骸が運ばれ、平忠盛(中井貴一)秀子(海老瀬はな)らが悲しみに暮れていると、宗子(和久井映見)がやって来ました。宗子は「家盛、うそじゃ、いやじゃ」と信じようとしません。時子(深田恭子)とともに来た平清盛(松山ケンイチ)がそばに寄ると、宗子は「触るでない」と叫びます。平忠正(豊原功補)は清盛を放り投げ「お前がこの家に災いを持ち込んだ!お前が死ねばよかったのじゃ、家盛の代わりに」と怒りました。平維綱(尾美としのり)は「とこしえに家盛様のそばにおります」と髻(もとどり)を切りましたね

平盛国(上川隆也)が時子に、秀子は親元に戻ると話しながら歩いていると、大雨の屋根の上に座っている清盛を見つけます。平頼盛(西島隆弘)は「落馬の寸前、家盛の兄上は確かにつぶやかれてございます。『兄上』と。家盛の兄上の最期の言葉を、最期に伝えたかった相手にお知らせするは、私の務めにございましょう」と言いました

鳥羽法皇(三上博史)は、落雷で炎上した高野山の大塔や金堂の再建を命じられます。忠盛は清盛を自分の名代にと頼みましたね


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2012年04月09日

平清盛 第14回 家盛決起


大河ドラマ 平清盛 第14回 家盛決起

平家盛(大東駿介)は平清盛(松山ケンイチ)に「私はもはや兄上を嫡男と思うことはできません。これより先は、私が一門を背負うて参る所存」と厳しい顔です

平忠盛(中井貴一)の前から宗子(和久井映見)が出て行ってから、平家貞(中村梅雀)は鹿の角を置き、舞子のゆかりの品だと宗子に知られたと報告します

家盛は幼い頃に木から落ち、宗子が清盛のほほをたたいたことを話し「母上はあの日から負い目を感じ始めた。私は母上の仰せの通り、兄上をまことの兄と思い、平氏の嫡男と思うて参りました。されどこのままでは母上は苦しみ続ける。平氏は滅びるのみにございます」と立ち去りました

加茂の祭のため清盛が、時子(深田恭子)の歌声に合わせ、舞の稽古をしていると、藤原家成(佐藤二朗)が訪ねてきます。今回は清盛が舞うことができなくなったと伝えに来たのです。鳥羽法皇(三上博史)が清盛に一目置いたことで、かえって反目を買い比叡山が呪詛を続けていました。家盛が舞うことになり、秀子(海老瀬はな)の歌に合わせ稽古を始めます


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2012年04月02日

平清盛 第13回 祇園闘乱事件


大河ドラマ 平清盛 第13回 祇園闘乱事件

1147(久安3)年6月15日、平清盛(松山ケンイチ)らは一門の繁栄祈願のため祇園社を訪ねました。すると、金覚(新崎人生)銀覚(脇知弘)ら僧兵が弓太刀など無用と言いがかりをつけてきます。兎丸(加藤浩次)の幼なじみだとわかり、治まるかと思ったら、父親の仇である平忠盛(中井貴一)の息子の清盛に仕えてるとバカにしてきました。怒った兎丸が、銀覚に頭突きを食らわし、騒ぎが大きくなります

祇園社を支配下に置く比叡山延暦寺の明雲(腹筋善之介)は、清盛らに厳罰をと、鳥羽法皇(三上博史)に訴えてきました。兎丸や平盛国(上川隆也)らは検非違使の役人に差し出され、一条二坊右獄へ入れられます

6月28日、比叡山は平氏の力を削ぎ落すべく、再び神輿(しんよ)を担いで強訴に及びました。鬼若、のちの弁慶(青木崇高)もその中にいましたね

源義朝(玉木宏)源為義(小日向文世)ら源氏が鎮圧を命じられ、僧兵と対峙します。義朝が矢を放つと、鬼若が長刀で弾き飛ばしました。為義は、神輿をはずすよう矢を入らせますが、一本の矢が神輿に当たります。恐れをなして僧兵たちが帰って行きました。弓を手にした清盛が屋根の上に立ってましたね


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2012年03月25日

平清盛 第12回 宿命の再会


大河ドラマ 平清盛 第12回 宿命の再会

明子(加藤あい)がこの世を去り、平清盛(松山ケンイチ)は嘆き悲しみます。1144(天養元)年、朝廷に不満を持った寺社は、武装し都へ押し寄せました。強訴です。鳥羽法皇(三上博史)から強訴の山法師を打ち払えと命が下ります。平忠盛(中井貴一)は一門を武装させますが、家貞(中村梅雀)に近江の高島郡の荘園を寄進すると伝えさせました。すると比叡山延暦寺の明雲(腹筋善之介)は法師たちを引かせます。いよいよ忠盛が武士で初めての三位の公卿になるかと期待されましたが、正四位上どまりです

清盛の前に、丸坊主の高階通憲(阿部サダヲ)が登場します。出家し信西(しんぜい)と名を改めたのでした。「道理の通じぬ世に、ほとほと愛想が尽きた。比類なき才にあふれる人ほど、こうと思いこんだらかたくなになり、決して考えを動かさぬも、また真理じゃ。志だけがあっても、道は開けぬわ」と話します。武士の地位向上を訴えたのですが、藤原家成(佐藤二朗)藤原頼長(山本耕史)に退けられたのです

忠盛は「平五郎、本日より名を頼盛と改めよ」と伝え、平頼盛(西島隆弘)が現れます。宗子(和久井映見)もうれしそうでした。忠盛が「兄として武士として、頼盛をしかと導いてやるがよい」と言うと、平家盛(大東駿介)は「はい、父上」と答えます

しかし清盛は「申し訳ござりませんが、武士として導くとはいかなることか、わかりかねまする。体よき番犬としてこきつかわれるだけと知りながら、命がけで戦えと、そう教えよということにござりますか?明子は疫病で死んだ!疫病もその元となる飢饉も止められぬ。ふがいなき朝廷を正そうにも、やつらは武士に参議を許す気はない。俺たちの武力と財力を、搾り取るだけ搾り取って捨てる気なんじゃ!一体何なのだ、平氏を背負うとは!病に苦しむ妻の死に目にも会うことも許されず、そんなにまでして背負わねばならぬものとは、一体、何なのだ」と出て行きます


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2012年03月19日

平清盛 第11回 もののけの涙


大河ドラマ 平清盛 第11回 もののけの涙

佐藤義清(藤木直人)が出家したことに、璋子(檀れい)が責任を感じていると、堀河局(りょう)は「義清様は、璋子様によって知ったのです、人が人をいとしく思うことの罪深さを」となぐさめます

平清盛(松山ケンイチ)は「身を捨つる 人はまことに捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ」という義清の歌を伝えると、崇徳天皇(井浦新)は「朕は義清だけが、心のよりどころだったのじゃ」と悲しまれます

清盛は藤原教長(矢島健一)が止めるのも聞かず「帝は鳥羽院のお子にあらず、白河院のお子におわすとうかがっております。この平清盛も同じにございます。生まれ出でる前から実の父・白河院に命を狙われ、母は私の前で殺されました。されど、もののけのごときお方に、いつまでも振り回されるのは、御免こうむりたく。この醜き世を私なりに面白う生きてまいる所存にございます」と話しましたね

崇徳天皇に待望の皇子・重仁親王が生まれます。崇徳天皇は鳥羽上皇(三上博史)に、養子とした躰仁親王でなく、実の子である重仁親王に天皇の座を譲りたいと強気です。得子(松雪泰子)は崇徳天皇に、重仁親王を天皇にするには、まず躰仁親王に譲位し、崇徳天皇は院として政を行い、重仁親王は躰仁親王の次の天皇となればよいと吹き込みました

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2012年03月12日

平清盛 第10回 義清散る


大河ドラマ 平清盛 第10回 義清散る

佐藤義清(藤木直人)は璋子(檀れい)の手を握って「これが愛しいと思う気持ちにございます」と璋子を抱き寄せました。翌朝、堀河局(りょう)は寝所の璋子が「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ」と歌うのを見て、驚いた様子です

得子(松雪泰子)は躰仁親王を東宮に、つまり次の帝にしたいと画策しますが、鳥羽上皇(三上博史)は得子の出自を問題にされます。すると得子は、関白・藤原忠通(堀部圭亮)に接近。躰仁親王を、忠通の娘であり、崇徳天皇(井浦新)の中宮である聖子(大谷英子)の養子にしたいと持ち掛け、成功します。保延5(1139)年8月17日、生後わずか3月の躰仁親王が次の帝と定まりました

平清盛(松山ケンイチ)は義清から躰仁親王のことを聞いて、雅仁親王(松田翔太)が帝になったらこの世は終わると心配します。内大臣・藤原頼長(山本耕史)と高階通憲(阿部サダヲ)は論語を読みながら、得子だけでなく義清も批判しました

清盛が義清を館へ連れて来て、明子(加藤あい)が迎えると、生田(伊藤修子)たち侍女は義清にうっとりです。義清は「私はお前がうらやましいぞ。私をふった女子を妻としたのだからの」と清盛のために文を代わりに書いてふられたことを持ち出します(笑)兎丸(加藤浩次)が突っかかって来たので、義清は相撲でかわしましたね


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2012年03月05日

平清盛 第9回 ふたりのはみだし者


大河ドラマ 平清盛 第9回 ふたりのはみだし者

平清盛(松山ケンイチ)は、明子(加藤あい)が男児を生んで大喜びです。平盛国(上川隆也)から知らせを聞いて、平忠盛(中井貴一)宗子(和久井映見)もうれしそうでした。清盛の館で、兎丸(加藤浩次)たちと宴を開いてると、平家盛(大東駿介)が祝いに来ます。清盛と家盛は本当に仲の良い兄弟ですね

璋子(檀れい)が生んだ皇子のうち、第一の皇子・崇徳天皇(井浦新)は、即位から15年たちますが、鳥羽上皇(三上博史)に疎まれて、中宮・聖子(大谷英子)との間にも子どもがいません

崇徳天皇の弟である第四の皇子・雅仁親王(松田翔太)は、お忍びで賭博場で遊び歩き、乳父の高階通憲(阿部サダヲ)とその妻・朝子(浅香唯)の頭を痛めています。通憲が博打は損をするようできていると注意すると、雅仁親王は「そなたが申すと生々しい。そなたたち夫婦が乳父母となったは、一世一代の大博打であろう」と返しました

祇園女御(松田聖子)の元へ、清盛は息子の清太を連れて行きます。祇園女御は、法皇がまき散らした災いの種が芽吹きだそうとしていると、双六盤を置きました。幼い清盛が遊んだものです。祇園女御は「双六は面白き遊びよの。賽の目の出方1つで、駒の動きが変わる。遅れをとっていた者でも、良き目を出せば、勝ち上がることができるのじゃから」と話します


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2012年02月27日

平清盛 第8回 宋銭と内大臣


大河ドラマ 平清盛 第8回 宋銭と内大臣

平清盛(松山ケンイチ)平盛国(上川隆也)たちは、平家貞(中村梅雀)に連れられ、博多神崎荘の商業地へやってきました。宋銭で取引できると驚く清盛を、兎丸(加藤浩次)が笑います

京六波羅の竹林で、平家盛(大東駿介)は娘と会って笑顔になりましたね

博多平氏の館で、兎丸と盛国がなぜ大宰府の役人を通さず取引できるのかたずねと、家貞はからくりがあると3年間のことを打ち明けます。平忠盛(中井貴一)は偽の院宣を大宰府の役人に出し、神崎荘の取引を平氏独占にしてしまったのです

忠盛の館で、家盛は平維綱(尾美としのり)から宋の品々を見せられていました。宋の珍品を王家に献上し、国が与えられ、その国の米で宋と商いするのです。平忠正(豊原功補)は平氏の行く末をお前にかかっていると家盛に話しました


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2012年02月20日

平清盛 第7回 光らない君


大河ドラマ 平清盛 第7回 光らない君

西海の海賊を討伐した平氏は、京へ凱旋します。しかし海賊を検非違使に差し出さず、一門の財としました。兎丸(加藤浩次)から「俺らを渡さないため、検非違使にかなりの賂を渡したらしいな。平氏がのし上がるため、お前ら動いとるんやったら、絶対許さんからな」と言われ、平清盛(松山ケンイチ)は「むろんそのときはそうするがよい。俺についてきたことを決して後悔させはせぬ」と笑います

戦で、乳父の平盛康(佐戸井けん太)を亡くしますが、前もって鱸丸(上川隆也)を養子にと頼んでいたのです。鱸丸は、平盛国と名を改めます

時子(深田恭子)が源氏物語を読み、妄想にふけっていると、侍女が琵琶の稽古に行く時間と呼びに来ました。竹林の道を時子が歩き、雀を見ていると、清盛が後ろから来て、うずくまります。時子が雀が飛んで行ったと怒ると、清盛はそれにかまわず、腹が痛いと草むらにかけこみました(笑)

平忠盛(中井貴一)は鳥羽上皇(三上博史)から「そちの働きに対し、褒美をつかわす。が、こたびは清盛に譲るがよい。清盛に従四位下の位を授ける」と言われます


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2012年02月13日

平清盛 第6回 西海の海賊王


大河ドラマ 平清盛 第6回 西海の海賊王

平清盛(松山ケンイチ)は平氏一行とともに、西海の海賊討伐へ向かいました。俵を積んだ船に乗り、むしろの下に隠れて進んでいくと、島影から巨大な海賊船が登場です。海賊はおとりの船を自分たちの船に引き寄せました。海賊がむしろをめくると、平氏の武士が一斉に飛びかかります

伊藤忠清(藤本隆宏)が「我々は朝廷より命を受けた追討使じゃ。神妙に縄を受ければ、命だけは取らん」と言いますが、海賊たちが刃向ってきました。やがて海賊船がおとりの船を残し去って行きます。海賊船から矢が放たれ、清盛をかばおうとした平盛康(佐戸井けん太)が負傷してしまいましたね

夜の宿営地で、手当を受け寝ている盛康のそばにいる清盛は心配そうです。平家貞(中村梅雀)が海賊船の大きさに驚くと、平忠盛(中井貴一)は唐船だと答えました。清盛が夜の海を船で漕ぎ出そうとすると、高階通憲(阿部サダヲ)が来て、ともに沖へ出発していきました


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2012年02月06日

平清盛 第5回 海賊討伐


大河ドラマ 平清盛 第5回 海賊討伐

平忠盛(中井貴一)宗子(和久井映見)の間に、平五郎が生まれます。平家盛(大東駿介)が平三郎ではと聞くと、宗子は「三と四はよそにおる」と笑いました。平清盛(松山ケンイチ)も平五郎を抱いて笑顔になりましたね

北面詰所から、清盛と佐藤義清(藤木直人)が猫を抱いて出てくると、源義朝(玉木宏)がいたので、3人で義清の館へ行きました。清盛が歌や武芸に通じているのは、出世を狙っているのでは聞くと、義清は「私はただ美しさを求めているだけだ」と答えます。義清から「清盛の志はいかなるものか」とたずねられ、清盛が「面白う生きたい」と答えると、義朝が「ふざけておるのか」と突っかかってきました

崇徳天皇(井浦新)の近習・藤原教長(矢島健一)から政を譲ってはと言われますが、鳥羽上皇(三上博史)は断ります。乱れた世になったのは、白河法皇の政のせいで、その血を濃く引く天皇の口出しは民が望まないというのです

藤原長実(国広富之)が娘の得子(なりこ)(松雪泰子)を帝のそばにと頼んできました。堀河局(りょう)は断ろうとしますが、璋子(檀れい)が了解します


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2012年01月29日

平清盛 第4回 殿上の闇討ち


大河ドラマ 平清盛 第4回 殿上の闇討ち

平清盛(松山ケンイチ)は北面の武士となり、鳥羽上皇(三上博史)の警固に当たることになります。御所の武芸場で北面の武士たちは流鏑馬(やぶさめ)の稽古を行いました。佐藤義清(藤木直人)はすべての的を当て笑顔です。清盛は最初の的を射ますが、2番目ははずし、3番目は矢が抜けません

光康(田中幸太朗)が「待賢門院様のお出かけじゃ」と伝えに来ると、みんな一斉に鏡に向かい化粧をはじめ、清盛は「なんじゃ」とビックリします。璋子(檀れい)の牛車について行った後で、歌合わせの会場の庭で警固です。堀河局(りょう)が「長からむ心も知らず わが袖の 濡れてぞ今朝は ものをこそ思え」と詠います

北面の武士にも意見が求められました。資遠(真島公平)貞嗣(奥村知史)に続き、清盛も意見を言いますが、的外れです(笑)義清が「長からむ心も知らず 黒髪の みだれて今朝は ものをこそ思え」と変えてはとアドバイスし、中宮たちはうっとりします

鳥羽上皇から「わびてもらえぬか?帝を、顕仁を産んだことじゃ。先の院と密通し、子を生み、朕の子として帝の位につかせたことを」と言われ、璋子が「私が悪うございました」と謝ると、上皇は出て行かれました。入れ替わりに堀河局が「なぜお認めになったのです。なぜひと言上皇様の思い違いだと申し上げぬのですか」と注意します


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2012年01月23日

平清盛 第3回 源平の御曹司


大河ドラマ 平清盛 第3回 源平の御曹司

1132年、平忠盛(中井貴一)は平次(大東駿介)に「本日より名を家盛と改めよ」と伝えます。宗子(和久井映見)は「その御名に恥じぬよう励むのですよ」と言い、家盛の乳父・平維綱(尾美としのり)はにっこり笑いました。家盛が平清盛(松山ケンイチ)にも元服を見てもらいたかったと話すと、清盛からは月に1度「息災也」と文が来ると、清盛の乳父・平盛康(佐戸井けん太)が説明します

清盛は、国松(白倉裕二)時松(内野謙太)蟬松(原勇弥)とともに、民の荷を襲う海賊と戦っていました。海賊たちを倒すと、鱸丸(上川隆也)が米を村人たちに分け与えます。ところが夜になると、海賊たちが村を襲ってきました

忠盛が家盛に舞の稽古をつけ、平忠正(豊原功補)が筋が良いとほめていると、伊藤忠清(藤本隆宏)が「我が手の者が西海で賊を捕えて、これより検非違使に引き渡すのでございますが…」と駆け込んで来ます。忠盛が平家貞(中村梅雀)たちとともに検非違使庁へ行くと、清盛たちが賊と一緒に捕えられていました。鱸丸が船の警固役をしていたと説明し、清盛は縄を解かれますが、忠盛は清盛が西海に戻ることを許さず、京にとどまるよう命じます

清盛が怒りながら草むらを歩いていると、源義朝(玉木宏)が「競べ馬で俺と勝負せい」と声をかけてきました。清盛が「誰なんだお前は」と聞くと、義朝は「八幡太郎義家の曽孫にして、源為義が嫡男、義朝と申す者」と自己紹介しますが、清盛は「知らぬ」と立ち去ってしまいましたね


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2012年01月16日

平清盛 第2回 無頼の高平太


大河ドラマ 平清盛 第2回 無頼の高平太

平家滅亡し、三種の神器のうち、八咫鏡と八尺瓊勾玉は海から救ったが、草薙剣だけ見つからないと報告を受けます。北条政子(杏)はすぐに探させようとしますが、源頼朝(岡田将生)は「構わぬ。見つからぬのも無理ならぬことじゃ」と止めました。平清盛がどこかで生きていて、剣を振り回していると思ったのです

57年前、1128年京、平太(松山ケンイチ)は賭場でサイコロを振っていました。勝ち逃げしようとすると、文句を言われ、平太は剣を振り回します。誰かが「無頼の高平太」と叫びました。平太は暴れながら逃げ出します。追ってきた男は、平太の作った落とし穴へ落ちてしまいましたね

平忠正(豊原功補)は平太の行動にいらだち、平盛康(佐戸井けん太)は自分の責任だと謝り、平家貞(中村梅雀)がなだめ、平忠盛(中井貴一)は黙って聞いています。そこへ平次(大東駿介)にうながされ、平太が帰って来ました。宗子(和久井映見)も来ます

忠盛は平太に、元服が決まったと伝えました。盛康が舞や謡を身につけねばと言うと、平太は「俺は父上のようにはならぬ。貴族にも、王家の犬にも、平氏の犬にもなる気はない。いっそたくましい野良犬となって、生きていく」反発します。忠盛が「さようか。好きにせよ。お前と次に会うは博打場か盗賊の隠れ家か。わしは容赦はせぬぞ」と言うと、平太は出て行ってしまいました


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ジャンルにとらわれず、マイペースでいろんなものを観ていきたいです



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